フラメンコ内輪話

おまけの書き下ろしページです。

今回も、担当さんから、「前回のフラメンコの後日談をどんどん書いていただいてけっこうですよ」とお許しが出たので、嬉々として書かせていただこう。
あ、人物名は「幸せ探しゲーム」を参照してね。

横浜の駅ビル「ジョイナス」の地下の踊り場で富ちゃんと秘密の大特訓をしてから、1年半以上が過ぎた。月日が経つのは早いものである。私も、グループ「バラ・ばら・薔薇」のメンバーも、それなりに成長した……と思う。なにしろ、以前は踊りの振りを覚えるのだけでも精一杯だったのに、
「ねぇねぇ、今日のギタリストのお兄さん、かっこいいね。ブルーのワイシャツもなかなか似合ってたしね!」
なんて、ギタリストのにーさんを眺めている余裕が出てきたんだから……。しかも、みんなミーハーなやつばかりなもんだから、よく見てるんだよ、これが……。どんな服着てたとか、どんな靴はいてた、どんな髪型してたとか。私なんて、踊ってる最中は、振りの順番考えたり、先生の姿勢を見るだけで精一杯なのに……。
そう言えば、フラメンコのスケジュールの連絡のメールを入れても、うんともすんとも反応がなくても、「ギタリストの○○クン情報」なんてものを流した時には、みんなとたんに飛びついてくるからなあ……。ま、でも、余裕が出てきたのはいいことだ。
そうそう、それから「バラ・ばら・薔薇」なんて言ういかがわしい名前を卒業して、「エストレージャス(スペイン語で「星達」という意味らしい)」という素晴らしいグループ名をめぐみ先生に付けていただきました!ジャーン!!
それだけでも、大、大、大進歩!……でも、いかんせん、この横文字が、どーにも私は覚えられない(みんなも、覚えられないらしい)。
情けないけど、私は横文字が大の苦手だ。だから、カルテも日本語で書いてる。「それじゃ、カルテ開示が義務づけられたら、森津先生のカルテはさぞ読みやすそう」と思うかもしれないけど、そんなことは決してないと断言できるね。だって、ミミズがはったように汚い字なんだもん。
という話はさて置き、1999年という年は、ひたすら発表会に明け暮れた年だった。仕事の出張が多いか、はたまた、フラメンコの発表会が多いか……、というくらいだったのだけど、一応、仕事の方が多かったので面目は保てた。

そんな1999年のフラメンコ日記の一部を紹介しよう。

3月1日
M公会堂で開催予定の発表会まであと2週間。演劇や講演会では大きい舞台に慣れているけれど、踊りとなると勝手が全然違う。ちょっと不安。実力もないくせに、無理して3曲も踊ることにしなきゃよかったなあ・・・・・・。余裕のない分は、せめて、笑顔でカバーしなくちゃ!

3月10日
どーしよー!!大、大、大パニック!!!
先生に、「純ちゃん、笑顔が怖い!その顔、やめたほうがいい!」って言われちゃった!今まで、「踊りは下手でも、笑顔だけは取り柄」って言われてたのに、私から、笑顔をとったら何が残るのー?!
しかも、意識すればするほど、顔は引き攣り笑いをしたまま硬直しちゃうの!!「笑顔のお面」をつけてるけど、心は大嵐って感じ……!ああ、万事休す。このままじゃ舞台に立てないっ!!どーしよー!!

3月13日
私って、つくづく、ふてぶてしい性格・・・。昨日まで、あんなにぎゃーぎゃー言って落ち込んでたのに、すっかり立ち直っちゃった。立ち直るまでには、ずいぶんいろいろな人に心配(迷惑)かけちゃった。申し訳ないなー。
でもさ、踊りって、初めての体験だから戸惑っちゃったのよね。劇で役を演じるのと同じで、悲しい気分になれば、悲しい顔になるし、楽しい気分になれば、楽しい顔になる!何事も、心が伴ってないのに、表面だけ取りつくろったってだめってことだったのよね。
今日、意気揚々と
「ようやく、笑顔の仮面を外す方法がわかりました!」
と、先生に言ったら、ちょっとキョトンとしたあとに、にっこり笑って
「うん、純ちゃんは、言えば、きっとちゃんと工夫してくると思ってたわよ」
っていわれちゃった。その笑顔を見た途端、ストーンと気が抜けちゃった。ああ……あんなに悩んだ2日間は何だったのかしらん……??
ま、ともかく、いい勉強になった。

3月14日
初めての大きい発表会無事終了。それまでがんばりすぎたせいか、すっかり本番前は、だらけてしまって、直前まで居眠りをしてしまった。終わってしまえば、こんなもんね。

3月20日
一難去って、また一難。
どうやら、私は舞台で大トラのように、ウォーと暴れ回って踊っていたらしい!なんとかしないと、次の発表会は4月9日だ。今から、またまた別の曲を3曲も練習するなんて、私も無謀な人間だよ・・・・・・。

4月9日
慣れというのは恐ろしいもんだ。今日ははっと気づいたら、まるで、もう何年も発表会に出ている経験者のように、人の髪を結ったり、化粧の手伝いをしてたりと、世話焼きに走っていた。みんなからは、
「森津さんがいて、心強いですぅ!私たち、発表会、初めてだから……」
って、言ってたけど、私も、ここのお教室の発表会に参加するのは、初めてだったんだけどね……。
まーなんにせよ、3月に修羅場をくぐってたおかげで、今回は気楽に終わって良かった。「大トラ」もみんなの目には「子トラ」くらいには映ったみたいだし・・・・・・。しかし、「トラ踊り」の克服は今後のながーい課題だわ。

5月23日
性懲りもなく、今日も発表会。でも、今日は一曲だけだったから、楽勝!さすがにこれだけ数をこなすと、講演会の出張と同じような気分で、気楽になってくる。そして、不思議なことに、気張らないで、気楽に踊るようになってからの方か、踊りもきれいになってきたらしい。
考えてみれば、学校のテストや、病人の治療や看病も、気張りすぎて必死になってる時より、ちょっと気楽に構えた時の方が絶対うまく行く。どんな世界も同じ、がんばりすぎて張り詰めるより、心の余裕があったほうが、何事もうまく行くってことだね。

8月5日
友達から電話。彼女の友人がオペラ「カルメン」の舞台をやるらしい。で、踊り子の真似事やってくれる人を探してるらしい。「1分くらいで、フラメンコらしいことをやってくれればいいんだけど……」っていうので、面白そうだから受けることにした。ここ数ヶ月、発表会もなくて退屈してたから、ちょうどいい。

8月7日
た、大変なことになっちゃったよー、どうしよー!!どこが、「1分」で、「フラメンコの真似事」なんだっ!!
今日、監督さんのところへ打ち合わせに行ったら、しっかり振り付けしなきゃだめみたいじゃないっっ!!しかも、5分くらいあるよー、この曲!
習い始めて2年になるかならないかの初心者に、こんなこと無理だよー!安請け合いするんじゃなかったー!
一人じゃやばいよ!誰か、他にも地獄(?)に引きずり込まなきゃ!!

8月14日
いやー、怒涛のような1週間だった。
先週の打ち合わせの後、徹夜で振り付け。
10日にめぐみ先生に見てもらって、少し手直し。
さらに、今朝、愛理ちゃんに振りを覚えてもらって、昼には、監督さんと打ち合わせ。
なんとか、OKが出た。やれやれ……。
でも、さすが、愛理ちゃん!5分くらいの曲、1回で覚えてくれちゃったもんね。ただ、今回は、酒場の踊り子役ってことで、いろいろ演技もしなくちゃいけないらしい。その上、最後には、浴衣着て、「故郷」と「オーソレミオ」を歌うことにもなっちゃった!
踊りでは堂々としている愛理ちゃんだけど、演技、歌、と聞いて顔を引き攣らせて笑っていた。どうなることやら。

8月21日
舞台は無事終了。打ち合わせ以来、愛理ちゃんと合わせたのは1回だけだったけど、まあまあうまくいった。終わってみれば、「カルメン」は、なかなか楽しい経験だった。もっとも、愛理ちゃんは「きゃ―、エスカミーリィオ!」と黄色い歓声をあげる演技が相当苦痛のようだったが・・・・・・。でも、演劇好きの私にとっちゃ、今までの発表会の何倍も楽しかった!
それに、オペラをタダで聞けたのも役得。カルメン役の人とミカエラ役の人の歌はほれぼれするくらい素敵だったー!
それにしても、人間、追い込まれれば、結構いろんなことができるもんだ。いやー、苦労というのは何事もしてみるもんだね。
あー、すっかり味を占めてしまった。また、機会が会ったらぜひ参加したい!

9月23日
今日は、またまた愛理ちゃんと一緒にミニ発表会に出た。「シワシワ衣装事件」を起こしてしまった(その顛末記は、 ページを読んでね)。

10月10日
町田の駅前で、大道芸の人たちに混じって、「バラ・ばら・薔薇」のメンバー数人と踊ってきた。あの大観衆の中には、きっと毎日新聞の読者も何人かはいるに違いない。まさか、あのエッセイを書いている人が、目の前で踊ってるなんて、誰も思わないよね・・・・・なんて考えてると、おかしい。

12月4日
品川区のデイケアセンターに慰問で踊りに行った。一生懸命手拍子をしてくださるお年寄りの方々の笑顔を見ていると、本当に幸せな気分になる。
ボランティアに行ったつもりが、幸せ、いっぱいもらいました。おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう!

12月25日
恵比寿で、フラメンコ踊り放題忘年会をやった。うーん、よく踊った1年だった。

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