シャオ

息子には学校以外に親友がいる。
同じ12歳で、私の友人夫妻の一人息子だ。
といっても、彼はボーダーコリーの血を濃く受け継いだワンちゃんなのだ。
夫妻から「日本に一時帰国する際にはペットホテルに預けるが、この前はちょっとしたケガをして帰ってきたので心配だ」という話しを聞いたのがきっかけで、彼は私達の家で留守番をすることになった。かれこれ2年ほど前のことだ。

そのころ、息子はスペインに来て飼い始めたハムスターのチコが急死してしまい、とても淋しがっていた。日本で飼っていたハムスターも息子がスペインに来る直前に「お供するのは大変だ」というように死んでしまっていた。
息子は常々「犬か猫が飼いたい」といっていたのだが、日本にいたときはお隣の猫ちゃんがしょっちゅう遊びに来ていたし、近所に犬を飼っている人がたくさんいたので、あまり真剣には考えてなかったようだ。が、スペインに来て慣れない環境でいると「一緒にいてくれる友達」として犬を飼いたくなったらしい。

でも、飼うとなったら責任もあるし「だいたい息子に面倒を見ることができるのかどうか怪しい」と私は思っていた。私は犬が大好きだが、子供の頃から家に犬がいるのが当たりまえの生活をしてきたので、動物を飼う大変さを知っていた。寒くても暑くても、ご飯の世話や散歩をしなくてはいけないし、そのほか病気の予防など責任を持たなくてはいけないことはたくさんある。

また、命あるものは必ず死んでしまうから、その悲しみとつらさを思い出すと、二の足を踏んでしまう。
私と亡夫は、十数年前にスペインの田舎に住んでいた時も犬を飼っていた。
日本に帰国する事になった時、田舎の村で放し飼いにしていて、えさは近所のバールで出る肉や骨という生活を送っていた大型犬を日本に連れて帰ることができなかった。さいわい、村に小さな納屋を持っている友人が、私たちの犬を気に入っていて「ぜひ譲って欲しい」と言ってきた。納屋に住まわせて番犬にするのだという。村ではどこの家もフリーパスで、社交的なこの子が番犬になるのかしらと思ったが、彼女のためには最高の環境だ。それでも、そのとき手放した悲しみと罪悪感は今もぬぐえない。

そんなことで息子が犬を飼いたいと言う気持ちはわかっても、すぐに「OK」とはいえなかった。そんなときに友人の話しを聞いたので、ためしに面倒を見てみたら大変さや責任を知り、息子もいろいろ考えるかもしれないと思ったのだ。

しかし、やってきたシャオくんはとってもいい子だった。
しつけはきちんとできているし、愛想も良くてかわいいし、お行儀だってうちの子より良いくらいだ。どちらがお守りをされているのかわからないくらいだ。

奥さんがシャオの一日の大体のスケジュールを書いてくれたので、息子はそれにそって散歩に行ったり、食事の世話をすることになった。が、私はそのうち、息子が散歩を面倒くさがるのではないだろうか、食事を忘れるのでは・・と思っていた。

ところが息子は嬉々として散歩や食事やその他の世話をこなしていった。
その上、ドックフードと専用おやつ持参のシャオに私が隠れてお菓子や肉のかけらをやろうとすると
「そういうことをしたらだめだよ!シャオが長生きできないよ!」と注意されてしまう。
注意書きに「人間の食べ物は厳禁」とあったからだ。

スペインでは、日本のように散歩中の犬同士が唸りあうということがあまりない。
一応、繋いで散歩をするように注意があるそうだが、つながれていない犬も多い。
犬が苦手な人がいたり、ケンカになりそうな犬が来たとか、車の往来が激しい時はつなぐが、リードで人間が引っ張られている様子など見たことがない。
お店はやはり犬ダメマークのところが多いけれど、私が良く行く肉屋さんは問題ない。シャオと一緒に行くと「やあ。元気か?」と犬にも声をかけてくれる。

息子はシャオと一緒だと心強いらしく、いつもは一人で出かけた事のない少し遠い公園に行ったり、クリスマスの時期には大掛かりなクリスマスの飾りをシャオと見に行ったりしていた。そして帰ってくると、嬉々として私に今日はシャオとどこに行って何があったかを話してくれた。

また、お休みの日に、私達は遠くの公園までよく散歩に出かけた。
そんな時、散歩に行ったついでにお茶をしようと思ったらテラスのあるバールに行く。
飼い主のいすの下で寝そべっている犬を良く見かけるし、大きな公園にあるテラスでお茶をしているときは、近くの犬同士で遊んでいることもある。
シャオもおとなしく寝そべっているときもあるし、息子とボールで遊んだり、近くに居合わせた犬と挨拶を交わしたりしている。

一度、街中のテラスで息子とお茶をしていたら、ウエイターのお兄さんがシャオを気に入ってしまい、お客に出すクッキーをたくさんくれた。私達はうらやましかったが、横取りするわけにも行かず美味しそうに食べるシャオの事を、口を開いてみるだけだった。
普段の犬と人間の関係が逆転してしまった感じだ。
犬の気持ちが少しだけわかったような気がした。

初めてシャオと留守番をした後、息子は日本人学校の補習校でシャオとの事を作文に書いた。「ほかに書くことがなかった」と言い訳をしてが、息子にとっては印象深い出来事だったらしい。
そんなふうにして始まったシャオとの付き合いも3年になり、その間に4回ほど留守番に来てくれた。だいたい1回が2週間ほどになる。その間にもシャオの家に遊びに行ったり、家族ぐるみで家に来てもらったりしている。
この冬休みも飼い主の急病で、うちに留守番に来ることになった。友人夫妻は「ごめんなさいね」と恐縮してくれるが、一番喜んだのは息子だ。「毎日、シャオと散歩ができる!」と大喜びだ。ところで、シャオは心の中でどう思っているんだろう? もしかして
「また、このウルサイ親子の相手かぁ・・」と思っていたりして。