マジョルカぼけ

私はちょっぴりマジョルカぼけだ。
旅行から帰ってきてぼんやりしてばかりいる。毎日、地中海を見ていたので海に当てられてしまったのかもしれない。空気の中に光の粒が混じっている。空も海も青くて美しいが時間によって変るグラデーションにはいつも青が混じっている。
マドリッドとは光と空気が違う。そう思い出すと、とりとめもなく空想が広がって眠くなってしまう。

マジョルカはなかなかコスモポリタンな島だ。私が滞在した北西部の海岸はヨーロッパの観光客向けのリゾートで英語やドイツ語、フランス語が当たり前だ。どこに行っても私達には「ハロー」と声をかけてくる。それだから、働いている人たちもヨーロッパ人が多い。マドリッドで働いている外人は南米人か中国人がほとんどなので、それだけでも違う国に来たような気がする。

首都のパロマはお洒落な国際都市でもある。街を歩いていると、素敵なカフェやお店を見つけることができる。マドリッドよりバルセロナのような雰囲気だ。使われている言葉もカタラン語だ。やはり海の風が吹く場所は違うのだろうか。迷路のような旧市街を大聖堂に向かって歩いているとガウディの設計した建物が何気なくある。マイヨール広場にはいるとオペラのアリアが聞こえてくる。イタリア語だ。近づいてみるとアロハシャツに短パンのカップルが朗々と歌っている。しばらくたたずんで聞いていると、ここがどこだかわからなくなってくる。

私はこういう雰囲気がとても好きだ。自分がどこの誰だか何人だかなどということは何も関係のない、ただの自分という気持ちになれるからだ。

パロマで偶然に入ったレストランはベジタリアンではないが野菜をたくさん使ったメニューが多い。突き出しに出てきたブラックオリーブがびっくりするくらいおいしいので期待していたら、どの皿も素材の持ち味を生かした素晴らしいものだった。お店の人と話してみると、ここは有機無農薬栽培のグループが経営するレストランで地中海料理をベースにすべてが手作りだという。ずらっと並んだメニューから1品、もしくは2品選ぶ事ができる。デザートまで堪能して、テラスでコーヒーを飲みながら町並みを見ていると唐突にここに住みたくなってしまう。
息子に「ママはここに住みたい」と言うと彼はいつもの調子で「別にいいけど」と関心なさそうに答える。

マジョルカは鍾乳洞でも有名だ。
私は何の知識もなく、唐突にマジョルカに行く事になったので何も計画を立てていなかった。あとからガイドを見るとドラッチの鍾乳洞が有名らしいので別の日に船にのって出かけることにした。海の色はコバルトブルーにトルコブルー、砂は真っ白だ。ポルトクリストの桟橋近くからドラッチ行きのバスが出る。行きは坂を登らなくてはいけないが帰りは下りだからぶらぶらおりてこられるくらいの距離だ。

このドラッチ鍾乳洞は神秘的な場所だ。鍾乳石が色々なものに見える。特に説明があるわけではないが鍾乳石がマリア像やキリスト像に見えてしまうのは、気の迷いだろうか。日本だったら観音さまや仏様に見えていたのかも知れないけど。

鍾乳洞の底には透明な水をたたえた静かな湖がある。見学者全員が湖に到着すると照明が切られて幻想的なコンサートが始まる。

灯りを燈した3艘のボートが現れてショパンの曲をオルガン、チェロ、バイオリンで奏でるのだ。この演出だけでいい気持ちになってしまう。でもどうしてショパンなんだろう・・そう、ショパンが愛人のジョルジュ・サンドと愛の逃避行をした場所が、このマジョルカ島だからだ。彼らが逃げてきた時には散々いじめたくせに、今はショパンの名前を使うんだから、という声も聞こえたが、そんなことは関係ない。
鍾乳洞にショパンの曲はぴったりだった。

別の日に週に一度あるという青空市場に行くことにした。バスで20分ほどの場所だ。
まぶしいくらいに熟れた果物と野菜が山のように盛られている。ここで料理ができるならすべてを買い占めたいくらいだ。民芸品や衣料品、日用品など市場は大きくないがいろいろなものが揃っている。市場の奥にキリスト教のグループが古着や手作りのお菓子を売る店を出している。そこで肉と野菜の入ったパイとチーズのケーキを買ってどうしても食べたくてかった桃と一緒にその日の昼食にした。マジョルキーナ・・マジョルカ風という料理があるそうだが、その中でも私達が一番身近で美味しかったのがこのパイだ。ちょっとスパイスを使って煮込んだごろごろの豚肉とグリンピースがたくさん入っているのが一般的らしい。
マドリッドではトマト味のひき肉入りが普通だからよけいに新鮮だ。

またマジョルカは1,2月にはアーモンドの花で一杯になるくらいだから、アーモンドの粉を使ったお菓子でも有名だ。渦巻状に作られた大きなパンはカスタードクリーム入り、杏のジャム入り、中身なしの3種類ある。粉砂糖がたっぷりと振りかけてある。

マジョルカのお土産に誰もが持って帰るらしい。帰りの空港にはいくつもこのパンの箱を抱えた観光客がたくさんいる。マドリッドの空港で荷物の出てくるのを待っていたら、ターンテーブルにいくつもいくつもパンの箱が流れて来るので息子と大笑いした。

次はアーモンドの花を見にこの島に来たいと思う。