アーモンド


3月に入ったら急にマドリッドの光が変わってきた。
今までは日中晴れていても、冬の弱々しい光だったのに、最近は光にふくよかさ・・果実の香りを含んでいるような色に感じられる。

事実、日中は暖かくて散歩をしても気持ちがいい。
日の出も早くなったし、夜の訪れも以前より遅くなった。

そして、いつのまにか私の大好きなアーモンドの花が咲くシーズンになった。

アーモンドの花は、桜の花にそっくりだ。昔、ラマンチャの田舎に住んでいた時はその辺を歩くとアーモンドの花が満開で、日本の花見を思い出したものだった。

現在はマドリッドの街中に住んでいるので、植物から季節を感じることはほとんどなくなってしまった。光の変化を感じて「アーモンドが咲くのはいつ頃だったっけ・・」と思っていたら、マドリッドの郊外に住む友人から電話がかかってきた。


「今、アーモンドの花が満開だよ。バス停から家までの間の坂・・両側がアーモンドなんだから。」その友人の家はマドリッド県に含まれているが、マドリッドの中心地からバスで1時間くらいかかる村なのだ。私と息子は、時々お邪魔して田舎の自然を満喫させてもらっている。


「わー、いきたーい!!今度の日曜日は家にいるの?」と聞くと残念ながらこの2週間は仕事で留守なのだそうだ。


ところで、私はマドリッドの街中に,とっておきの場所を持っている。

そこはなぜか大きなアーモンドの木が数本「こんなところに!」と思うようなところにあるのだ。
1年前のやはりこの時期に、別の友人が「いいバールがあるから飲みに行こう」と誘ってくれたことがある。出かけていくと、そのバールの隣に鉄柵に囲まれた小さな空き地があって、そこに数本の大きなアーモンドの木が満開の花をつけていたのだ。

「このバールもいいけど、この木も見せたくてね」と友人は言った。
私は薄暗い中に浮かぶ白い花の塊を見て、言葉を無くしてしました。
それからここは私にとって特別の場所になった。花の無いときのこの空き地はいつ壊されてもおかしくないようなただの空き地に古い大木がある・・という佇まいだ。
たまに通りかかっても花の時期以外は「ああ、まだあった」と安心するくらいの場所だ。

日本で、昨日まで雑草の生い茂るほっとするような空き地だった場所や古い家などがあっという間に壊されて跡形もなくなるのを散々見ているせいか、こんな風に思ってしまうのかもしれない。

そこいくとスペイン人はやっぱり違う。私が感傷に浸っていてもそれは理解できないらしい。「え?なんでー。こんな狭い場所じゃなにも使えないよ」という人や「昔からこうなんだからこのまま」という人もいる。

思い立ったらアーモンドの花を見たくて仕方が無かった。仕事に行く前に「今日の夕方、仕事が終わったら絶対あそこに行こう!」と決めていた。ところが、その日はお昼から雪が降り出してしまった。ボタン雪は積もらず、あたりを一瞬雪景色にしてくれただけだったが、アーモンドを見に行く気持ちは一気に萎えてしまった。

「アーモンドの花も散ってしまったかもしれない」とウツウツと考えていたのだが、翌日は少々寒いけれど、よく晴れた1日になった。

自宅に帰ると、息子もクラブ活動を終えて帰ってきた。

「今日はお花見をしようよ。私、秘密の場所をしっているんだけど・・」というと
「いこう。いこう」というので早速例の場所に出かけた。
花はもう盛りを過ぎていたし、妙に寒々しくてちょっと寂しかった。
1年前に見た花に埋もれた光景とは程遠かった。

それでもマドリッドは確実に春を迎えている。