きのこの山


去年は死ぬほどキノコを食べた。
ある日、職場の同僚が「みや、これあげるよ」と紙袋を持ってきた。
中にはキノコが山になっている。同僚は「昨日、キノコ狩りに行ったんだけど、家じゃ食べきれないから」と言うのだ。実はそのとき、私はそのキノコの価値を知らなかった。ボレトと呼ばれるこのキノコは、日本だとイタリア料理に出てくるフンギ・ポウチーニと同じ様なものだと思う。形はちょっと胴体の太いずんぐりムックリ型で「おいしそうによく肥えているな」と言いたくなるような容貌だ。色は明るい茶色でいかにも秋らしい。

秋になると色々な種類のキノコが八百屋に並ぶが、その中でもボレトはひときわ高価だ。大げさに言えば日本のマツタケのようなものかもしれない。知らないと言うのは怖いものだ。私はずうずうしく、

「ちょっとー。毒キノコじゃないよね?」なんて冗談をいいながら『それにしても、すごい量だわ。息子と二人じゃ食べきれない。周りにもおすそわけしようか・・でも、本当にだいじょうぶだよね、このキノコ。おすそわけして中毒なんかになったら大変だ』などと考えていたのだから。
「なるべく早く食べてね」と言われたので、家に帰って森のくまさんじゃなかったけど、少し熊に似た友人に電話をかけた。

「山から採ってきたキノコを山のようにもらったんだけど、どうやって食べたらいいかわからないの。よかったら食べに来ない?」友人は張り切ってやってきた。

食べるのが大好きで、スペイン食やワインにも明るいこの友人は、いわば私の食い友達だ。食べ物関係で困ったとき、一番に相談する相手でもある。それにたぶん胃腸も強そうなので少しくらいのことではおなかをこわさないだろう、と思ったのだ。彼はテーブルのキノコを一目見て「すごい!!ボレトがこんなにいっぱい。これってものすごく高いんだよ」とひとしきり感激した後、さっそくペーパータオルで汚れを落とし始めた。汚れを落としたボレトは、彼の指導で、にんにくとオリーブ油で鉄板焼にして食べる。

その日は、一緒に食べようと思って用意した肉も野菜も全部飛ばして、息子と3人で、ひたすらボレトを食べた。言葉で味を表現するのはとても難しいが、あわび・・いや、とこぶしを食べているのに似ている。山にあるとこぶし・・茸の香りはもちろんだが、その味や食感は、例えようが無い。ともかく美味しかった。

私はその日、山の霊気を食べ尽くした。もしこのボレトが恐山から取ってきたものだったら、このままイタコに変身してしまうか・・と思われるくらい食べた。

熊似の友人は、このまま熊に変身して冬眠できると言うくらいに食べた。
息子はというと、そういうばかな冗談をいう大人を無視して、その間もひたすら食べる事に専念していた。
その数日後、キノコづいた私達は自力でキノコ狩りに行く事にした。
さんざん食べたくせに、その贅沢をもう一度しようと考えたのだ。
そして、ジャージまで着込んで、カサ・デ・カンポまででかけた。

カサ・デ・カンポとはマドリッド市内にある広大な公園だ。いや公園と言うより自然の丘陵といったほうがいいだろう。その中にはプールやテニスコート、池もある。また動物園や遊園地もあって、カサ・デ・カンポの中を車やバスが走っている。私達はその中の森林に出かけたのだ。そこには野生のウサギがいて、私たちが不用意に巣穴の近くを通るとウサギが飛び出してきてこっちの方がびっくりすることがある。

そういえば、この熊似の友人と以前にもカサ・デ・カンポに来た事があるが、そのときは急に飛び出してきたウサギをみて「今日の夕食はウサギだ!」と叫び、ウサギ狩をさせられた事があった。「つかまるわけないじゃん」という私と息子のやる気の無さとウサギの素早さで、当然のことながら夕食にウサギは食べられなかった。
今回は動かないキノコなので可能性があるかもしれない。

私たちが地面に目をやり、うろうろしているとスーパーのビニール袋を持ったキノコ狩りの人に何人も出会った。相手の収穫量が気になるので、こっそりのぞいて見たが、ほとんどがカラのままだ。熊似の友人はどんどん深い場所に入ってキノコを探している。始めは喜んでついて来た息子は、あきてしまったらしく、どこかに行ってしまった。
広いカサ・デ・カンポの中には赤松の林もある。

「このへんにはもしかしてマツタケはないの?」と聞くと友人は「スペインでマツタケを見たと言う話は今まで聞いたことが無い」と言いなが、地面から目を離さない。
結局、散々探したのだが、先人の捨てた小さな干からびたキノコやひっそり生えている毒キノコしか見つけることはできなかった。

そんなわけで、自力の収穫をあきらめた私たちは、その他にも市場で色々なキノコを見かけて試してみたが、そのときのボレトほど美味しい茸は無かった。

そして今年、私はいつ同僚から電話がかかってくるか楽しみにしていた。
彼らは毎年キノコ狩りに行くから「今度、行くときはかならず誘うよ」と言ってくれたのだ。夏が過ぎて、しとしとと雨が降ると「いやな天気だ」と思いつつ、「いやいやキノコのためにはいいことだ」と思い直していた。

つい先日、その同僚と一緒に食事をした。
「そうそう、キノコ狩りに行ってきたんだよ。で、出来が良かったらみやを誘おうと思ってたんだけど、今年はぜんぜん駄目だ!キノコが無い」
そういえば市場に行っても、ほかのキノコはたまに見かけるが、ボレトは見ない。
レストランでも八百屋が持ってこないそうだ。なにしろ仕入れがほとんど無いらしい。

その理由は、この夏の猛暑が影響して出来が悪いとか、去年が豊作だったから今年は不作、その年毎に順繰りになっているだとか耳にしたが、確かな事はわからない。去年のことで味をしめた私たちは、手ぐすね引いてキノコを待っていたのに・・

さっそく熊似の友人に電話をしてそのことを伝えると「なんだ!今年は冬眠できないじゃないか、くやしい」だって