バルセロナの休日

11月の1日は「すべての聖者」の日でスペインは祭日だ。
今年は土曜日にあたるので、もともと学校はないが私も休みになるので2連休だ。

「どこかに行こうか!」と息子と話していたのだが、なかなか決まらず「いつものように家でマッタリか・・」と思い始めたときだ。息子が「そうそう、金曜日は学校がお休みだよ」という。それを聞いて「やっぱりどこかに行こう」と思った私は、旅行会社に電話をしてみた。行き先はバルセロナ。金曜日の夜出発か、土曜日の朝出発の飛行機で、できるだけ安いチケットと言うのが希望だ。どうしてだか最近、バルセロナに惹かれていたのだ。

結局、土曜日の朝、8時30分発、帰りは日曜日の夜20時45分発ということで、チケットが取れた。これはEチケットといって予約番号だけを持って空港に行き、チェックインのときに発券してもらうというシステムだ。通常料金の半額くらいで買うことができる。便を選べない、変更が効かないなど制約はあるが、今回は時間がないし、安いのでそれに決めた。

土曜日の朝、国内線は1時間前という規則を守り、その上「余裕を見て」ということで私達は7時過ぎに空港についた。もちろんパスポートを携帯している。
なぜ国内なのにパスポート?と思うかもしれないが、マドリッドーバルセロナ間ではトラブルを避けるためには持っていったほうが安全なのだ。

ちょうど2年前のこと、マドリッドに住んでいた友人がバルセロナに就職して引っ越す事になった。彼女はともかく時間もないし、お金ももったいないから旅行会社にいわれるままにイベリア航空の安い往復チケットを買った。バルセロナに行っても用事を済ませてとんぼ返りしなくてはならない。あせって空港に駆けつけると「パスポートは?」と言われた。彼女は国内移動だし、ましてマドリッドーバルセロナ間は予約しなくてもその場でチケットを買える定期便のシステムもあるので、当然、パスポートなんて持っていなかった。「パスポートがなければ搭乗できない」というイベリア側と「そんなのおかしい」という彼女との間で大もめにもめたそうだが、最後は「責任者だせ!」とどなると、年配の男性が出てきたそうだ。

彼いわく「あなたの予約した便はバルセロナを経由して便名が変り海外に行く。そのまま搭乗する乗客もいるのでパスポートがないと搭乗はできない。その証拠に、この便の出発口は国際線である。イベリアはそういった注意を旅行会社に伝えている。もしあなたがそれを聞いていないのだとすれば、旅行会社に否があるのであって、私たちにはない」。彼女は烈火のごとくまくし立てたそうだが、彼は首を立てには振らなかったそうだ。結局、2時間のロスのあげく、彼女はその場で高い航空券を買い直してバルセロナに出かけた。無駄になった航空券は旅行会社にねじ込んで再三の交渉の末、払い戻しをしてもらったそうだが「わたし、もうあの旅行会社でチケット買えない」というくらいやりあったそうだ。ちなみに帰りはトラブルを予想していたのに何事もなく帰ってきたそうだ。

その後、イベリア航空のその手の話はよく耳に入って来た。しよっちゅうストをするだの、サービスが最低だの、遅れは当たり前だし、客と荷物の積み残しも日常茶飯事と悪い話しばかりだ。実際の被害を聞くのでかなり信憑性が高い。今回は、その悪名高いイベリアのチケットだったのでパスポートを持って行ったのだ。その上、居住許可書と息子は更新手続き中なので、「手続き中である」という書類まで用意した。バラハス空港では、まずイベリアのインフォメーションにいって予約の紙を見せ「どこでチケットを発券してもらえますか?」と聞いてみた。対応してくれたおばちゃんが開口一番「パスポートは持っている?」と聞いたのにはビックリしたがやっぱり持っていてよかった!

「あ、持っているなら問題ないわ。直接、チェックインカウンターに行ってね」と言われた。発券もスムーズにすみ、私達は登場口の近くに座ってアナウンスを待った。
私は飛行機で旅行に行くのが好きだ。時間も早いし、疲れない。成田ではないが、空港から中心地までの方が、時間がかかる、何てこともあるが飛行機はやっぱり快適だ。一方、息子は飛行機が嫌いだ。飛んでいるときの感じが変だし、よくいう「鉄の塊が飛ぶなんておかしい」と思うのだそうだ。日本との往復で長時間飛行機に乗るときは「酔っちゃう」そうで食事もしないし、飲み物も少ししかとらない。一度、ANAで日本からの帰りにおにぎりが出たが、喜んで食べたのはそれくらいだ。食事を暖める匂いもいやだという。私はといえば「どんな食事がでるのか」と楽しみにしているし、さすがに全部は食べられないが、全食試してみる。

搭乗を待つ間にも息子は「だいじょうぶかなー、飛行機はいやだなー。落ちたらどうしよう・・酔っちゃったら・・」と心配ばかりして落ち着かない。やたらネガティブだ。
私が「平気、平気。落ちたら即死だよ。気を失っているうちに死んじゃうから大丈夫。それにバルセロナまでは1時間しかかからないから、食事も出ないし酔っている暇なんてないよ」とポジティブに答えると「ふ〜」とため息をついていた。

ようやく搭乗の案内が出て、チェックインをすませてバスに乗り込むと、今度はなかなかバスが出ない。20分も過ぎて乗り合わせた人たちが「どうしたんだー」と言い始めるとアナウンスが入り「機体に異常(何かが詰まったとか)があるので、再確認している。一旦、登場口に戻ってくれ」というではないか。登場口に戻ると受付を囲んで乗客がケンケンゴウゴウだ。「あんた達はいつも遅れている!遅れない時なんてないじゃない!」「一体、いつ乗れるんだ。はっきりしてくれ!」スペイン人の常として言い返しそうなものだが、とりあえず言い返しはしない。が、日本のように平謝りなんて態度ではなく「だから、30分くらいすれば乗れます。安全第一なんだから」と結構えらそうに答えている。30分の間に誰が聞いても「あと30分」と答えるので心配したが、トータル1時間遅れで飛行機は出発した。

イベリアは最近、とみに悪名が高く、そのぶんスパンエアーが伸びていると言うのもうなずける。地下鉄から空港に入る一番手前にもカウンターがあり、国内線だとそこでチケットを買ったりできる。私達が待っていた登場口の受付も表側はスパンエアー、裏がイベリアだ。これは帰りのバルセロナ空港も同じだった。
ようやく飛行機が飛び立ち、お茶のサービスが始まると息子は珍しく紅茶を飲んでクッキーを食べくつろいでいる。

私たちにとっては早朝に起きて空港でのバタバタを思い出すと確かに平和だ。平和のうちのバルセロナ空港に到着した。

バルセロナは海に近いせいか内陸のマドリッドに比べると気候が温暖と言われている。たしかにどこか空気が緩んでいる感じで、ここのところ寒さの厳しくなったマドリッドとはだいぶ違う。空港からは市内行きのシャトルバスが15分おきに出ている。

私たちの宿はサグラダ・ファミリアと言う有名な教会の近くだ。これまた有名なスペインの建築家アントニオ・ガウディの設計で、いまだに建築が進んでいる事でも知られている。このガウディの建物が点在している事でもバルセロナは有名だ。以前に訪れたときはガウディめぐりをした。とりあえずシャトルバスの終点、カタルーニャ広場に行き、そこからは地理に不案内なのでタクシーを使う事にした。広場について土地勘を養おうと周りをぶらぶらしたが、荷物がじゃまなので宿泊先に向かった。

この宿はスペインの日本人向け広報誌で見つけたのだが、場所に着いてインターフォンをならして何の応答もない。それになんとなく建物自体に人の気配がない。何度よびかけても同じなので、予約した電話番号に電話をかけてみた。すると広報誌に載っていた電話は正しいが、現在はもっと山側の違う場所で営業しているとのこと。相手の人はおろおろするばかりで要領を得ない(ように感じた)。「どうしよう。どうしよう。」と何度も言うが、具体的に住所も何も言ってくれない。朝も早くからイベリアの怠慢な態度に腹の立っていた私は「一体、どうすればいいんです?具体的な住所を言ってもらえなければそちらに行く事もできません!」と八つ当たりした。相手の方も驚いたらしいが、写真入で場所の宣伝まで入れているのに、今更、違う場所だなんて!
「なんて、いい加減なんだ。時間もなかったから日本人経営ってだけで選んだ私もバカだったけど。くやしい!他のところに泊まってやる!!」

電話を切ってあたりを見回したが、土曜日の上に祭日なので、同じ通りにあるチェーンの旅行会社は軒並みお休みだ。仕方がないので持っていたガイドブックで何軒かホテルに問い合わせてみたが、どこもいっぱいだった。私たちは地理に不案内の上に女子供の二人連れだから、どこでも良いとうわけには行かない。高級ホテルに泊まることも考えたが、あまりにも高い。今まで私の様子をうかがっていた息子は何も言わない。私の怒りが冷めるまで注意しつつ放っておくのが一番と知っているからだ。

他に予約が取れず頭も冷えてくると、ともかくその場所に行ってみる事にした。
サグラダ・ファミリアと同じガウディの設計で作られたグエル公園の近くだ。
ようやくその場所に着いてみると、錆びた門のある一軒家があるばかりだ。ドアホーンも何もない。「確かにこの番号なんだけど」と門の前でうろうろしていると急に門が開いて外人の男性が出てきた。「入って下さい」というので入ってみると古い屋敷だが、庭も何も荒れ果てている。いかにも手作りで修繕しています・・と言う感じだ。

中に入っても印象は同じだ。予約を受け、私に八つ当たりされた方は温厚で親切な方で、しきりに恐縮されて色々気を使ってくださった。八つ当たりしてすみませんでした。
その後、私たちはぶらぶら歩きながら市内の散策に出かけた。

地中海料理と銘打ったお洒落なレストランで食事を済ませると、その後は、腹ごなしに有名なランブラス通りを散歩して海まで出てみた。バルセロナには何回か来ているが、今回始めてバルセロナという街の地形がわかったような気がする。山と海に囲まれた場所で、それは私達が日本で住んでいた鎌倉にとても良く似ている事にも気が付いた。町の規模は違うがどこか同じ空気が流れているような気がしてホッとした気分になった。そして最近、なぜかバルセロナが気になっていたのは、わたしの第六感が働いたのかもしれない。

いよいよ海が見えてくると息子は「おかしいなー、海の匂いがしないよ」などといってはしゃぎ始めた。私達が海の際まで走ろうとしたときだ。私たちの横を赤茶とこげ茶の塊が駆け抜けていった。飼い主にリードをはずしてもらったポインターと毛の長いミックスらしいわんちゃんだ。犬達は一目散に海に向かうとすごい勢いでと吠え出した。私達が追いついて水面をみると、ぼらによく似たたくさんの魚が群れている。ポインターは狩猟本能を刺激されるのか、海に飛び込みそうになって魚にほえまくっている。

「すごい、すごい。ほんとに飛び込んじゃうよー」「魚が捕りたいんだねー」
30分も見ていただろうか。ポインターは結局、飛び込まず、飼い主に「もう、行くわよ」といわれて帰っていった。本当に楽しかった。「きっと散歩のたびに同じことをしているんだね」と息子が言う。
海が大好きな私達は、久しぶりの海にとても満足した。そこは港で浜はないが、十分に海を堪能できる。木の橋を渡ると大きなショッピングセンターにでる。海に面したベンチでは恋人達ややってくるカモメやアジサシにパンをやる家族連れがたくさんいた。

海を見ているだけで心のつかえが取れたような気がする。
何しろバルセロナでは「いやなことばっかり!もしかして相性が悪いの?」と思うほど事がスムーズに行かなかったからだ。
でも「終わりよければすべて良し」というではないですか。
そう私たちの予約した帰りの飛行機は1時間遅れでようやく出発した。