羊の・・・

この間、マドリッド郊外に住む友達が家に食事に来たときのことだ。
「これはお土産」といってパックに入った卵をくれた。 

開けてみると、普通の卵より一回りは大きくて白とブルーがかった灰色の卵だ。
友達のよしおさんは「これはアヒルのたまご。近所のおばさんが小遣い稼ぎに売っているんだよ」という。
私はアヒルのたまごというと中国の塩卵、ピータンしか知らないので興味津々だった。彼がいうには、その卵はおばさんが自分の家のテラスで飼育しているアヒルのものだそうだ。別に商売にしているわけではないらしく、卵があると通りかかったよしおさんに「卵があるわよ」と声をかけるらしい。おばさんはいつもその卵を食べているので、顔はテカテカ、元気一杯で風邪もひかないとか。話を聞くだけで元気が出そうだ。

早速、割ってみると黄身が大きくて盛り上がっているし、色も濃く、いかにも滋養がありそうだ。さっそくシンプルに目玉焼きにすると味も濃いし、食べ応えがあり、とても美味しかった。それにしても、テラスで飼っているってどういうこと?

彼に確かめてみたのだが、テラスと言っても大した場所ではなく、ごく普通だそうだ。
このアヒルをテラスで飼う・・という話から発展して動物に関してのとても面白い話を聞いた。

彼がマドリッドの下町に住んでいた頃、同じピソにジプシーの家族が住んでいたのだが、彼らはテラスで羊を飼っていたそうだ。気をつけて見ていると、羊は定期的に違うものに変わっているように思えた。
ある時、「なんで羊が変るのよ?」と聞くと「何を言ってるの。前のは食べちゃったから次を買って来たんでしょうが」とあきれられてしまったそうだ。彼もいたく感心したらしいが、私達も感心すると同時に大笑いしてしまった。

そうかー。確かにスペインの肉の中で一番、高級で人気があるのはコルデロ、羊の肉だ。これは、日本のラムとかマトンといった羊肉とはまったく別物だ。臭みもなく柔らかく、私達も大好きで、よく食べる。特にさっと塩をして焼いて食べると・・あー!よだれが・・。

話が脱線したが、そういえば昔、香港に行った時に市場で生きたままの鶏を売っていて、そのまま足をつかんでぶら下げて帰る人を見たのを思い出した。日本だって、最近はあまり聞かないが、生きたままのかにや海老を買って来て料理したりすることもある。それと同じ感覚なんだろうか。でも、羊となるとちょっと違和感を感じるし、だいたい料理するのも大変ではないか。「ジプシー達は大体どこで料理するんだろう」とさんざん盛り上がり、ついでに「『ドナ・ドナ』なんて歌もあったっけねー」と笑っていると、話を聞いていた息子は「たまごはいいけど、飼ってる羊はいやだよー。かわいそうだよー。僕はひつじ年だもん」と叫んだ。

幸いにして、よしおさんは羊たちが肉にされてしまうのを見たことは無いそうだが、お食事に招待された事はあるそうだ。

「僕はたべましたよー。ただの肉ですから」と言っていた。そうね。確かに肉です。
ところで、スペインの市場の中には、普通の肉屋ではなくて内臓とか舌、足などを専門に売っている店がある。羊の頭の皮を剥いたのや牛の鼻の部分だけというのも売っている。
牛の鼻の部分だけは、残念ながら食べた事も料理になっているのも見たことはないのだが、羊の頭は一度だけ遭遇した事がある。

今も忘れない十数年前、とあるレストランに夫と二人で入った時のことだ。
スペインのレストランには「メニュー・デル・ディア」という本日の定食がある。お昼が主
餐となるので、デザートや飲み物付きだ。割安なのでいつもメニューを食べていた私達は店の人に進められたものを素直に注文した。そのころは、私はまったくスペイン語がわからなかったので、料理や食べる事にあまり興味のない夫が「羊の料理らしい」と言ったときも気にしていなかった。「さて、いよいよ」と私達のテーブルにメインが運ばれてきた。白い皿に黒い大きな塊が乗っている。一瞬、何が乗っているのかわからずによく見直してみると皿に、乗っているのは羊の頭の丸焼きだった。

そう、市場で売っているあの皮を剥いだ羊の頭をオーブンで丸焼きにしたのだ。
そのとき、私達がどういう会話をしたか覚えていない。が、私達はどうにかして食べてみようと試みた事はたしかだ。面と向かうのは気が引けたから、目が合わないように配置して横からほっぺたのあたりを削いで食べてみた。肉は少なかったが、羊の味だったのは覚えている。夫が「鯛みたいに目玉がおいしいのでは・・」といったことも覚えている。でも、それ以外はあまり覚えていない。そうそう、「騒ぐとスペイン人に馬鹿にされるから平気な顔しよう」と夫が言ったのも確かに覚えている。

二人とも無口になって食べると言うより片付けると言う感じで食事をした気がする。
それからしばらくの間、私達は誰かに会うとその話をした。あのジプシー達も頭はかぶと焼きにして食べたのだろうか・・

そうそう、そのレストランは今でもマドリッドにある。店の感じも昔のままだ。メニューもある。一度だけそこに言った事がある。やはりメニューを頼んだのだが、羊の頭はなかった。それから行っていないので、メニューから消えてしまったのか、たまたまその日はメニューに入っていなかったのか定かではない。