金くれミッキー

マドリッドの有名な観光スポットの一つにレティーロ公園がある。
ここは120ヘクタールの広さがあり、アルフォンソ12世の記念像をはじめ、ボートに乗れる池もあるし、ベラスケス館やガラス張りのクリスタル館では展覧会などが催される。また、緑が多くてまるで森のような場所もあるし、季節の花が咲き乱れる美しい花壇もある。騎馬警官が馬を休ませるのもここだ。
私達は、季節の変わり目を感じるときや休日の朝に散歩に出かける事が多い。

散歩といってもレティーロ公園までは徒歩で20分くらいかかるのだが、息子とくだらない事をしゃべりながら散歩するのはとても楽しい。もっとも彼は散歩より、途中の「お茶」や時には「ブランチ」をより楽しみにしているようだ。
いつものコース、池の周りを散歩するたびに話題になるのは、日本にいる弟達の一家とスペイン旅行をしたときの事だ。当時は私達も日本に住んでいて、一緒にスペインとポルトガルを旅行した。一家の一人娘むっちゃんは「のりたい」といってお父さんとうちの息子と3人でボートに乗った。乗りたかったのに、いざ乗ってしまうと怖くなったのか、寂しくなったのか、泣き出して池の周りで見ているお母さんに「おかあさーん」とさけんでいたっけ。息子は「旅行のときは、おもしろかったね」とかならず言う。

その池の近くには野良猫がたくさんいる。ボート小屋の上で寝そべっていたり、小さな藪の中でじっとしていたりする。息子はよく捕まえようと追いかけるが、息子につかまるようなのんびりした猫は、あまりいないようだ。
また、日本の縁日のように、ずらっと露天が立ち並んでいる道筋もある。タロットやトランプの占い、子供向けの人形劇、中国人の指圧とかマッサージの人もたくさん見かける。指圧師のなかには白衣を着ていかにもお医者さんと言う人もいれば、その辺のオバサン風の人もいて、見ていて飽きない。路上にいすを一つ置いて、座った客にマッサージや指圧をしている。スペイン人のすごく太ったオバサンを相手に、痩せた中国のおじさんがマッサージをしているのを見ると、気の毒になる事もある。

私は一度占いをしてもらいたいのだが、どの人にするか迷うのと言葉が通じるかどうか心配なのでまだ試したことがない。それに「不幸がやってくる」なんて言われたらいやだし。そして、このへんの露天は、どれも日本円の500円から1000円と言うところだ。休日の楽しみとしては手ごろかもしれない。

ところで、このレティーロ公園のアルカラ門近くの入り口には、ミッキーマウスやピカチュウの着ぐるみが立っていて、入ってくる人達に手を振っている。

小さな子供達は喜んで走り寄っていく。息子は小さな頃からぬいぐるみが大好きで、今でもぼのちゃん(ぼのぼのです)とケンケン(チキチキマシンだっけ?)と一緒に寝ている。といっても、でかくなった息子と一緒に寝られるほどベットは大きくないので、いつもベットの下に転がっているけど。それなので、息子も着ぐるみのミッキーに走りよりたそうにした。

でも、近くでよく見るとミッキーもピカチュウも、どこかいびつでどこか変だ。
「なんかへんなミッキーだねぇ」と私が言うと息子も「ディズニーランドにいたのとは違うみたい。それに、あれはピカチュウじゃないよ」と言う。
さらによく見ていると、ミッキー達はさかんに子供達に手を差し出している。そして子供は親にもらった小銭をその手のひらに乗せているではないか。小銭をあげるとミッキー達は子供と握手をしたりポーズをとる。お札なんてあげた子供には、ほお擦りしたり抱き上げたりする。親達もその様子を写真に撮ったりしている。
私達は本当にびっくりしてあぜんとしてしまった。

日本で息子がまだ小さいとき、デパートの屋上やショッピングセンターでヒーロー物のショーが催されることがあった。私は息子が喜ぶので『面倒だなー』と思いながら何度か見に行った事がある。
ディズニーランドのほうは自分も楽しめるので、平日に息子を幼稚園や学校を休ませて出かけたものだ。
でもミッキーやヒーローに、一度もお金を払った事はない。「ちいさな子供相手になんなの!」と頭にきたが、子供や親は喜んでいるんだからしょうがない。

なんか納得がいかない私達だった。
しばらくして、またレティーロ公園に行ったときの事だ。
門の近くにミッキー達が立って手を振っているのを見て、息子が言った。
「ママ、見て。金くれミッキーがいるよ」