ペルディス


ついこの間、職場で昼ご飯を食べていたときのことだ。
私がいつも座る席は、目の前に隣にあるちょっとした生垣が見える。生垣のこちら側は地下駐車場の入り口になっているので、私から見ると、白いコンクリの壁の上に生垣があるように見える。その日も食事をしようと、席に着いて何気なく生垣を見たら、見慣れない鳥がこちらにお尻を向けてしきりに地面を突付いていた。

隣に座っていたサンチャゴに「あれは何の鳥?」と聞いてみたが、サンチャゴは老眼なので「ん?・・」といったまま、一生懸命窓の外を確認している。
私は反対側に座っていたマヌエルにも「ねえ、あの鳥はなんていうの?」と聞いて見た。マヌエルはどんなに忙しくても、来客を待たせても自分の食事を優先する人なので、窓の外を見もせず「鳥。とりだよ」と面倒くさそうに答えた。

「だから、何の鳥?鳩じゃないでしょ・・もちろんすずめでもないし」としつこく聞くと、彼はうるさそうに窓の外に目をやった。それを待つかのように、鳥が横を向いて全身を見せると、マヌエルはいきなり立ち上がって「みろ!みろ!ペルディスだ!!」と叫んだ。

ペルディスは辞書で調べると「シャコとかヤマウズラ」と書いてあるが、首のところに白っぽい産毛のようなマフラーを撒きつけた、ウズラくらいの大きさの鳥だ。秋の狩猟シーズンになると、市場でも羽をつけたままのペルディスを良く見かける。もちろん食べるためだ。「ペルディスのエスカベージャ」と書いてある缶詰を見つけたので調べてみると「マリネーとか酢漬け」と書いてあった。食いしん坊の友達に聞いてみたら、このマリネーが一般的な食べ方だそうだ。また、ガイドブックをみるとトレドあたりに有名な店があるらしく、「もし訪れたら試してみましょう」などと書いてある。

残念ながら私は試したことがないのだが、スペインでは「秋の味覚」の一つらしい。

皆で「すごい!」「すごい!」と騒いでいると、キッチンからラファ達が走り出てきた。ラファは狩猟が趣味なので、みんなは口々に「ラファ、今日の夕食はペルディスで決まりだ!早く捕まえてくれ!」と食事時間は大騒ぎになった。

ひとしきりの後、ようやく食事を再開し始めるが、厚いガラスの外側にいるペルディスは悠然とまだ地面を突付いていた。
しばらくすると、今度はコック姿の3人が外に出て、ペルディスにこっそりと近づこうとしているではないか。もちろん、狩の道具があるわけではなくて、素手だ。先頭は、アレハンドロ・・彼は体も大きくてどっちかというと鈍いタイプなので、先鋒には一番向かないような気がするけど。
「ぬきあし、さしあし、しのびあし・・」というように真剣な表情で近づく彼らを見ていると、なんだか可笑しくなって、笑いが止まらなくなってしまう。

私の周りも皆、笑いながら野次を飛ばしている。もちろん外には聞こえないけれど。ようやくアレハンドロが射程距離(?)と思われる場所に到達したらしく、いきなりペルディスに向かって飛び掛ろうとした。が、あえなく逃げられペルディスはどこかに飛び去ってしまった。これを見て私達はやんやの大喝采と笑いの渦!
「なんだいー、逃がしやがって」と言うものから「人選ミスだ!おまえらにつかまる鳥なんていないぞ」なんて物まで、いやー、久しぶりに大笑いしました。

ところでこれには後日談がある。
この話を友達にしたところ、マドリッドの町の真中でペルディスを見るなんてとても珍しいことだそうだ。私が「レティーロ公園あたりから飛んでくるのかと思ったよ」と言うと友達は『そんなことはない。もし映像があればニュースの町の話題にとりあげられたかもしれないよ』という。ちなみに、その友達は映画やテレビ関係でも仕事をする人なので、この話しには信憑性があるようだ。

惜しいことをした!それにしても、まずはペルディスを食べてみなくちゃね。
これって「たべてみてね」というペルディスからのお誘いだったのかしら・・と例の友達に言ったら「君はずうずうしいな」だって。