コーヒーブレイク

10月12日はイスパニア・デーという祭日だ。
今年はそれが土曜日に当たったので、連休になった。

ここ数日、寒くて思わずコタツを思い出すような日が続いていたのだが、この日は良く晴れて気持ちの良い1日だった。息子と私は朝、のんびり起きるとぶらぶら散歩することにした。この日は軍事パレードがあって、王様も御臨席になる。

確かメインルートには桟敷席が設けられていたし、コロン広場では大きなスペインの国旗が翻って王様の席もそのあたりにあるはずだ。と、いうのは去年、確かその様子をテレビで見たからだ。私も息子も風邪気味で家に閉じこもっていた覚えがある。


今年は、調子よく2人で出かけたのだが、目的は見物ではなく新しくできた『スターバックスコーヒー』で朝食を食べることだ。

日本では『スターバックスコーヒー』なんて珍しくもないかもしれないが、マドリッドじゃ最新流行なのだ。それに、私の確認したところでは、まだマドリッドの中心では2店舗あるだけだ。高級ホテルに挟まれたここのスターバックスでは、英語圏の観光客も多く、寛げるソファー席も多くあって、なかなかいい気分になれる。これからパレードに参加するらしい制服姿の兵隊さんもいて、彼らは「コーヒーとちょっと休憩をお願いね」なんて注文していた。が、ここは決して安いわけではない。普通のバールで飲む、数倍の値段になる。ちょっとケーキでも食べたら、すぐに日本円の感覚で2000円くらいは飛んでしまう。メニューには、氷のいっぱい入ったアイスコーヒーやアイスティー、カプチーノだってアイスがある。一緒に食べられるサンドイッチ、マフィンやケーキ、クッキーもアメリカ風というのかイギリス風というのかスペインじゃお目にかからないものばかりだ。

なぜアイスにこだわるかと言うと、スペインでは、もともとアイスコーヒーというのがなく「コーヒーに氷ね」という注文になる。するとエスプレッソのコーヒーと氷が2,3個入ったコップを持ってきてくれる。自分で熱いコーヒーをコップに移すのだが、2,3個じゃ冷えない。結局、生あったかいようなコップ入りのコーヒーになるだけだ。日本のアイスコーヒーのように「冷やす」と言う感覚ではなく熱いコーヒーを「冷ます」という感覚のようだ。その上、最近まではミルクを入れるコーヒーの場合は、氷入りは考えられないことだった。

私はよく「ミルクコーヒー、氷入りね」と注文して「えー?」と聞き返されたものだ。

その代わり、スペイン人はミルクの温度には結構うるさくて、冷たいの、熱いの、常温、と3週類あるのが普通だ。だからミルクコーヒーで氷を入れるなら、「ミルクコーヒーでミルクは冷たいの」と頼めば「O.K」とすぐやってくれる。氷の量が少ないから結局は温度的に同じようなものができるわけだ。ま、最近は「コーヒー、ミルク入れて、氷もね」と頼んでも「わかった」とすぐやってくれるところがほとんどだか、依然として氷の量は増えなかった。

前置きが長くなったが、こんなわけで職場の同僚が「この近くにスターバックスができたよ」と教えてくれたときはやったー!と思ったわけだ。

息子と私はアイス・オーレとバナナマフィンを頼んで、さっそく食べ始めた。息子は「このマフィンはすごくおいしいね。マクドナルドとぜんぜん違うよー」と感嘆の声をあげた。そうそう家の近所のマクドナルドには最近、「カフェ・マック」というコーナーができて、ドーナツやケーキ、マフィンを食べられるようになったのだ。が、珍しいだけで特においしいと思うわけではない。しかし、その辺のカフェのケーキは大きくて私達には甘すぎるので、時々利用していたのだ。


つい先日、「2,3日前の新聞だけど・・」と渡された日本の新聞を読んでいたら、「スターバックス」のことが載っていた。
『スタバがなくちゃイケてない?』というタイトルのこの記事は長野県長野市でスターバックスを誘致する運動をしている会があり、出店を求めて5千人の署名を日本法人の社長に手渡した、というものだった。それによるとスタバの有無が都会度を決めるらしい・・
ということは、マドリッドはスペインの首都なのにかなり都会度が低いということかしら。
たしかにスターバックスは、都会の象徴かもしれない。おしゃれだし、内容もいいし、かっこいい。
たまにはいいけど、私の場合、やっぱりふだんはスペイン中、どこでもあるバルのほうが寛げる。それこそ五万とあるバルには必ず常連さんがいる。

ご近所のおなじみさんや近くに勤めている人など、様々なようだが、だいたい1日に一度は同じ時間帯に顔をだすようだ。常連同士や店の人とでおしゃべりしたり、時にはカードゲームをしているのを見ることもある。私は家に近所に比較的良く行くバルが数件ある。1件は大きなカフェで大通りに面している。近くにタブラオがあって、その昔、マドリッドで旅行会社のアルバイトをしていたとき、観光の客さんを案内した後、ここでコーヒーを飲んで時間つぶしをしたものだ。次に旅行でスペインを訪れたとき、たまたま友人が取ってくれた宿が近くだったので、朝食を食べたり、コーヒーブレイクをするときに利用した。息子をはじめてスペインに連れてきたときもそうだった。毎日朝食をとりに通っていたので、店のお姉さんやおばちゃんたちが声をかけてくれるようになった。


スペインに住むことになった時も、たまたま探した家が近くに決まったので時々、コーヒーを飲みに出かける。管理人のアントニオ夫妻も常連らしくて、休みの朝に出会ったりもする。その昔からずっと替わらないおばちゃんやお姉さん(も、おばちゃんに近くなったけど)も私や息子を覚えていて『大きくなったわねー』なんて声をかけてくれる。


もう1件は、確か1年ほど前にできた、家のすぐ近くにあるバルだ。

オーナーはまだ若い男性だが、『僕はこの通りで生まれ育ったんだ』という。父親がその場所で床屋さんをやっていたが、引退したのでバルをはじめたのだそうだ。普通、スペインの一般的なバルではワインを飲んでも大体、たいしたものは出てこない。ビールも同じだ。最近はチェーン店のバルもあるので、そこそこではあるが。
ところがそのバルではソムリエのおじさんがいて、よくいろんなワインを仕入れてくる。
ビールも種類をそろえているし、突き出しとして出てくるタパスもなかなかしゃれている。
暇なときはワインの簡単なレクチャーをしてくれることもある。バルといってもちょっぴりおしゃれな気分になるところだ。で、ここには息子は連れて行かない。

もう一つ、家の近所に通称「じいさん、ばあさんの店」と呼んでいるバルがある。

ここは典型的な小さなバルでカウンターしかない。店でタパスも全部奥さんとそのいとこのおばちゃんの手作りだ。ここは広場に面しているので、よく息子とも立ち寄る。
今年、このバルは50周年を迎えたのだそうだ。「どうだった?」と聞くと、主人のホセは「うん、よかったよ。いろいろな懐かしい人も来たし、新しいお客もいるし」といって店に飾ってあるセピア色の写真の説明をしてくれた。それはちょうど50年位前のこのあたりの写真だった。大きなディテールはたいしてかわっていない。同じ建物が建っているが、昔は市場だったり、大きな商店だったりして、見ていて飽きない。

 考えてみると、日本にいたときはいつでもどこでもコーヒーブレイクできる場所を持っていなかった。どこに行っても寛げるというより、どこかで気を張っていたような気がする。だから今、自分の気分や生活に合わせて選べるのって贅沢だな・・と思う。たまに、時々しか行かないバルのお兄さんに道でばったり出会ってしまうと「明日でも行かないとなー」なんて気分にさせられる。


いつだったか、とっても疲れて悲しい気分になっていたときに5星のホテル・リッツのカフェテリアに出かけた。豪華で上品な雰囲気でとても心慰められたのだが、息子が頼んだチョコレートケーキは1個で1500円くらいした。気取ってそこを出るとき、私は息子に言った。「だれか大人が『何が食べたい?好きなものをご馳走してあげるよ』と聞いてくれたらホテル・リッツのチョコレートケーキと言いなさいよ」。

今のところ、そんなおいしいことを言ってくれる人は息子の前に現れていないようだ。

いろいろなコーヒーブレイクがあるものだ。私はそれを楽しんでいます。