息子の夏休み その2

その後、8月に息子はマドリッド市の主催によるキャンプに出かけた。これは2週間のプログラムで、マドリッドから車で1時間ほどの所にあるアビラという場所だ。

以前から「マドリッド市のキャンプは安いし、いいわよ」と聞かされていた私は、7月のはじめに市役所に資料を貰いに行った。

私は市役所の係りのおばさんに恐る恐る訊ねてみた。「申し込みの日は早く来たほうがいいですか?」おばさんは「そうねー、どこの親も神経質になって早く来るから、かえって1時間後くらいのほうがすいているわよ」と教えてくれた。
1ジカンゴー!!うそうそ!そんな時間じゃ絶対、間に合わないよー、と思った私は、30分前に出かけた。たいした事が言えるほどの時間ではないが、一応早めに出かけたのだ。

でも、どこにも長蛇の列はなく、というより私以外に誰もいなかった。時間になっても係りのおばさんはコーヒーを飲みに行ったまま帰ってこない。


待つこと20分、揃えた書類を渡すと「じゃ○月○日までに、ここに支払いに行ってねー、過ぎると予約は取り消しよ」で終わってしまった。後で知ったのだが、日本ほどではないが、スペインも少子化傾向にあり、また私の住んでいる地区はマドリッドの中心地、いわば東京の中央区や千代田区のようなもの・・子供も少ないらしい。つまりは競争もないわけだ。そういえば、このキャンプはアビラにある牧場、というか農場で行われるだけで1期、2期と日程の選択ができるだけで、その他のプログラムはなかった。ちょうど、1週間後に、地区の公民館で説明会があるということだったので、私は友人に同行を頼んだ。というのは、仕事の都合で時間とおりに行き着けそうもなかったからだ。結局、その日は私がばたばたしている間に説明会は終わってしまい、友人が持ち物や諸注意を書いたプリントを貰って来てくれた。友人が言うには、参加者は友達同士で誘い合って、2人、3人と参加している人が大部分らしい。私は持ち物と集合時間だけをチェックして、学校のキャンプの用意をしていたので、後はしばらく忘れていた。


さて、当日、私は息子と荷物を持って出かけて見ると、広場にはすでにバスが到着していた。集合場所は、マドリッドを訪れた方ならたぶん知っているだろうけれど、有名な観光名所のマイヨール広場だ。参加者は全員で30人いるか、居ないか・・というところだろうか。慌てて関係者らしい人を探して名前をチェックしてもらう。その後は順番に名前を呼ばれ、バスに乗り込んでしまうと、私は息子が「だーれも知って入る人がいないのだ」ということに突然気が付いた。が、息子は元気に手を振ってバスに揺られて行ってしまった。


2週間の間、私は息子から電話がかかってくるかもしれないと思い、仕事中以外は携帯を手放さず、留守電のチェックも怠らなかった。でも、とうとう1度も電話はかかってこなかった。周りには平気な顔を装っていたが、内心は、心配で心配で仕方なかった。
なにしろ、今までは学校のキャンプだったので顔見知りや同級生と一緒だったわけだ。ところが、今回はさっきも書いたように、息子は誰一人知った人がいない状況なのだ。

いよいよ息子が帰ってくるという日、私は早めにマイヨール広場に行った。

が、週末ということもあって広場には人が溢れ、いすやテーブルが置かれていた。
そういえば出発は朝だったので、まだ人もあまり居なかったし、テラス席も用意されていなかったのだ。こんな場所に観光バスが入ってくるのだろうか・・
もしかして解散場所は違うところだったかもしれない。私の背中に一瞬冷や汗が流れた。
が、ややあって、人がいようが、賑わっていようが関係ない!どけどけ・・といった風にバスが広場に入ってきた。

息子は楽しそうに、そして「おなかすいたー」と元気に言ってバスから降りてきた。

息子から聞いたキャンプの内容は大体こんなふうだ。
今回は農場でのキャンプだったので、馬や牛、羊、やぎ、いぬ、ねこにいたるまでいたらしい。牛の乳絞りをしたり、馬やろばにも乗ったが、絞ったミルクは猫用で息子達は飲めなかったらしい。ミルク好きの息子は、これがとても残念だったそうだ。また、せっかく馬に乗る機会があったのに、息子は「ぼくはロバだけでいいよ」といって断ってしまったらしい。「なんで?」と聞くと「だって、馬は大きくて、もし落ちたら痛そうだったもの」という。「弱虫―」と私がいうと息子は「弱虫だから安全なときもあるんだよー」と言い返してきて私は二の句が付けなかった。

たしかに・・私は無鉄砲で何回も痛い目にあってきた。

また、毎日のように工作のクラスがあって、手仕事の大好きな息子はいろいろな作品を持って帰ってきた。
全員がもらえるおそろいのキャンプ地のロゴ入りTシャツには、息子の手によるペイントがされていて、なかなか面白かった。また、ろくろを使った器や手作りのゴムボール、革の袋など、私も参加してみたいなーと思わせるようなものばかり、袋に入れて持ち帰ってきた。

学校のキャンプは『外で遊ぶ』ということが主眼だったらしいが、このキャンプでは積極的に子供にいろいろ体験させるということをテーマにしているようだった。

「なるほどキャンプにもいろいろあるもんだ」と私は感心してしまった。
息子は「また来年も行きたい!」と学校のキャンプより気に入った様子だ。

また、今回のキャンプのほうが格段に食事も良かったらしい。

息子は学校の給食が苦手で、今も昼は帰宅組に入っている。私は仕事でいないので、私が用意したものを一人で食べて午後はまた学校に出かけていく。
「一人で食べるのは寂しくない?」ときいても「のんびりできるし、給食は不味くて我慢できない」と息子は言う。メニューは似たり寄ったりだったが、今回のキャンプの食事は結構おいしかったそうだ。

さんざんキャンプの話しを聞いた後で、私は息子に聞いてみた。

『知ってる人がいなくて寂しくなかった?』息子はなんで?というような顔をして答えた。
「だって、僕がはじめて学校に行ったときは知ってる人がいなかったし、スペイン語もひとつも知らなかったよ。キャンプはスペイン語もわかるし、いっぱい友達もできた」
子供は強いもんだ。なんだかんだ言ったって成長しているのだ。身長・体重だけじゃない。
今年の夏、私は息子にちょっとだけ見捨てられた気がした。