お祭り PART2

しばらくすると人が集まりだして、そろそろ始まるかな・・と思う頃、
息子が紙をひらひらさせながらやってきた。
「ママ、これをみんなの前で読むんだけど、読めない字があるの。教えて」
というので、見てみると、ノートの切れっ端に日本語で『兄弟性』と書いてある。
よく読んでみると、それは聖書の一説からとったらしく、肌や髪、目の色が違っても
神様の前ではみんな兄弟ですよ・・と言うようなことが書いてある。
誰が書いたのだか知らないが、なかなか上手な日本語で書いてあって
感心してしまった。
こんな大事な朗読をするなら、もっと早くから言えば良いのに!

息子は誰に似たのだか(もちろん私です)、用意周到ということがまったくできない。
その場になってあせるタイプだ。
「これ、いつもらったの?」「今」。
さすがスペインだ。先生の辞書にも用意周到なんて言葉は無かったようだ。
私は、慌てて難しい字に振り仮名を振って、読んで聞かせた。
「ゆっくり、大きな声ではっきり読みなさい」息子はすまして
「わかった。でも間違えたって、だれも日本語は知らないから大丈夫だよ」
と言ってさっさと行ってしまう。

それからすぐにお祭りが始まり、校長の挨拶の後、例の朗読が始まった。
聖書の同じ部分を、スペイン語と外国人生徒の国の言葉で朗読させるのだ。
他の国の子達は何人かで朗読したが、息子は一人だ。
それまでがやがやしていた会場は、息子の番になると、水を打ったような静けさ・・
私もナディアも息を凝らして聞いていたのだが、息子は結構堂々と朗読して、
会場から大きな拍手を受けていた。
私はなんだか恥かしくなって、そっと息子を見ると、席に戻った息子は
回りのみんなから「すごいじゃん」というふうに肩をたたかれ、嬉しそうな顔をしていた。

その後は国別の踊りや歌があり、息子はアジア人ということでフィリピン人の子達に
まじってフィリピンの踊りを踊っていた。
それを見ていたナディアが「来年は3人で練習して盆踊りを踊りましょうよ!
悠が真ん中で歌って、私たちが後ろで踊ってもいいわね」なんて言う。
ナディアは毎年、マドリッドで行われる盆踊り大会に欠かさず参加して、
浴衣を着て踊りまくることを生きがいにしているのだ。
私もその場の雰囲気と乗りで「うん、いいかも」と答えてしまった。
ナディアの目はかなり本気だった。今になるとかなり怖い。

子供達の踊りや歌が披露されているとき、親達は静かに鑑賞しているわけではない。
中には我慢しきれず、飛び出して一緒に踊ってしまう父兄や、
そこまでは行かないけど、その辺で踊りだすお父さんやおかあさんも結構いる。
そのうち、なし崩しに会場全体が踊りの渦となったころ、
「さあ!みんなでたべましょ!!」とうことになり「わぉー」という咆哮とともに
子供達が食べ物のテーブルに駆け寄った。

私は前もっておにぎりだけをテーブルに出しておいたのだが、
「こんなんじゃ、あのきれいな寿司はいっぺんでぐちゃぐちゃだわ!」
とすし桶を抱えて呆然としていた。
長身のナディアは、「さあ、これからが本番よ」とばかりに
ウエイトレスのようにすし桶を片手で持ち上げて人ごみの中を回り始めた。
私も先生や校長達尼さんのところに「日本の寿司は召しあったことがありますか?
一つ試してみてください」と持っていくことにした。
息子はお盆にカップをならべて若布やねぎの具を入れ、みそ汁を注いで
友達や父兄の所に持っていった。普段はボーっとしている息子がなかなか良く働く。
これで将来はウエイターくらいにはなれそうだ。よかった。

案の定、フエンを始め先生方は、日本食が初めてだったらしく
「この魚は何?みそ汁のだしは魚や貝で摂るって本当?
この黒い紙(海苔)も食べられるの?」と質問攻めだ。
その上、結構な量のガリをいきなり口に入れて、目を白黒させたりして大騒ぎだ。
後でナディアに聞くと、父兄や生徒たちも同じだったようで
「生の魚なんて食べられない!」と恐々覗くだけの人あり、
「知ってる、知ってる。これ寿司でしょ。僕、よく食べるんだ」なんて生徒がいて
「どこで食べるの?」と聞くと「日本」、「じゃ、日本に行ったことがあるの?」
とさらに聞くと「まだ無いけど・・」。

息子のみそ汁にいたっては「すごく美味しい!もっと頂戴」と言う子やら「げっ!!
まず−い」と言って一口で辞めた子やら千差万別だったようだ。
ちなみに私の作ったおにぎりは目撃した先生によると「わぉー」と言う咆哮の後、
あっという間になくなったそうだ。
が、一口かじってぺっちゃんこにつぶれているのを後で発見したのだが。

この学校は、ごく普通の家庭がほとんどで、中にはどちらかというと
貧しい部類に入る家庭もあるせいか、流行と言ってもまだまだ高級な
日本食は食べたことが無い・・と言う人がほとんどだ。
また、スペインの庶民は割と保守的なので、生の魚や海藻なんて食べる気が
しないのかもしれない。それでも、日本に興味を持ってくれれば、私としては万万歳だ。

そうこうしているうちに、寿司もみそ汁もなくなったので、私達も遅まきながら、
食べ物のテーブルに向かった。
食べ物に関しては人一倍好奇心旺盛な私達は、フィリピンの煮込み料理と白ご飯
(フィリピンではお米が主食だそうだ)、アフリカの肉とジャガイモの料理や、
とてつもなく甘いミントティーなどを試してみた。
もちろんスペインの家庭料理やお菓子も山ほど食べた。
その頃には、親も先生も持参のワインを飲んで、歌ったり、踊ったり、大変な騒ぎだ。

ついでに音楽は、リッキー・マルティンからフラメンコまですべて踊れる曲だ。
もちろんその中には息子が持っていった郷ひろみの「あっちっち」
(本当の曲名は知らない)も入っていた。
いつもはスーツでスカッと決めている主任の先生など、長いスカーフを
振り回して踊りまくっていた。お祭り全体は、日本でいう無礼講・・と言う感じだ。
学校のお祭りではあるが、別に生徒だけの物ではない、それに参加する先生や
父兄だって楽しんでしまおう!という雰囲気が、私にはとても心地良かった。
本当にスペインらしい。

ちなみに、展示のほうも好評で私は先生や父兄から「とても素敵な展示だったわよ」
とずいぶん声をかけてもらった。
今まで日本人に生まれたというだけで、日本をアピールできるような事を何も持って
いなかった私・・息子も同様だ。スペインのマドリッドの小さな小学校の中庭で、
私は自分が日本人だという事を強く思った。 来年のお祭りが楽しみだ!