お祭りPART 1

遠足のお知らせがあった頃、いつものように学校に息子を送っていくと、
担任のフエンに呼び止められた。

「みや、今度の水曜日に学校でお祭りをがあるのだけど、
そのときに日本の物を持ってこれないかしら?
着るものでも音楽でも食べ物でもいいけど。」
なんだか面白そうだぞ、と思った私は即座に
「わかった。何かできると思う」と答えた。

でも、今度の水曜日って16日だっけ?と心配なので念を押すと、
フエンは「えーと、日にちはわからないけど、今度の水曜日よ」
なんてすまして言う。
息子にその話しをすると「図工の時間に作った作品も飾るんだよ」
というので,私は『展示するとなると、どんなものがいいだろう』
とあれこれ考えをめぐらせた。

そういえば、食べ物も展示だけなのか、みんなで食べるのか、食
い意地の張った私はどうしても食べ物のことばかり考えてしまう。

数日が過ぎ、日にちの確認もあって、フエンに聞いてみた。
「本とか食器とか音楽のテープをもって行く予定だけど、
食べ物はみんなでたべるの?それとも飾っておくの?」
「勿論、食べたいわね。でも、ちょっとでいいのよ。ちょっとで・・」
と言うのもなんとなく恐々という言い方だったから、多分フエン自身は
日本食を食べたことが無いのかも知れない。

お祭りの当日は、父兄も参加で5時半から始まると言うのだが、
息子達は普通に登校してミサに与り、その後はお昼を食べた後で
お祭りの準備・・ということになっている。

後で息子に聞いてみると、準備に走り回っていたのは先生達ばかりで、
子供達は着替えのために家に帰ったり、学校で楽しく遊んでいたり
したそうだ。そういえば女の子達は、スペインのフラメンコ風の衣装や
自分の国の珍しい衣装に身を包んでいる子も多く、お祭りの雰囲気に
ぴったりだった。
一方の男の子はと言えば、ほとんどが当日着ていった体操服のまま、
それも午後は、ほとんど遊んでいたのでよれよれだ。勿論、息子も同じだ。

ところで、私にはとても気になることが1つだけあった。
もし、父兄に日本のことを聞かれても、ろくに答えられないのではないかと言う心配だ。

その上、もし答えられたとしてもスペイン語を使わなくてはならない。

過去に『日本の天皇って何て名前だっけ?
それから現在の首相はだれ?日本の自民党っていうのはどんな政党で
スペインだとどの党と同じなわけ?』その他、茶道や浮世絵、
果ては腹切りやヤクザについても質問されて、冷や汗をかいたことが蘇ってきた。

『やばい』と思った私は、さっそく電話をかけ始めた。

何人かのお助けマンに連絡を取ったところ、日本通のスペイン人、
ナディアが「すごく面白そう!その日はひまだから行ってあげる」という。
もー、本当に私って友達には恵まれているんですよ。
お金と恋愛には恵まれていませんが・・

もちろん、新聞や資料を読んでにわかでも勉強しようと・・
とは思ったのだが、いかんせん食べ物以外のことには疎い私・・。
とりあえず、日本の新聞のホームページを読んでおくぐらいで
辞めておいた。
下手な事を言って、日本について間違った知識を広めても困りますものね。

展示用の資料としては、日本大使館でもらってきたスペイン語の
日本文化紹介誌を数冊、日本の自然を四季別に写した写真集、
息子のドンキ・ホーテの本(もちろん日本語)、
それから、息子の日本切手のコレクションや紙風船に竹とんぼなどを
用意した。そうそう、竹のランチョンマットと塗り物(と言っても安物)の
蓋つきの椀、箸置きや箸もだ。

さて、私が一番気になる日本食は、レストラン経営の知人に頼んで、
すしの盛り合わせを作ってもらい、すし桶ごとお借りすることになった。
なにしろ今、マドリッドでは寿司ブームなので、うけるだろうと思ったのだ。

私自身は今後の遠足の事もあり、おにぎりを作って、
なにか聞かれたら「これはボッカディージョと同じでお弁当にもするのよ」
と答えようと思っていた。それからポットに味噌汁をつくり、
試飲用の小さな紙コップも用意した。
ついでに、かっぱえびせんと節分の豆まきに使った残りの
日本製の煎り大豆(小袋に入っていて味もついています)、
以前学校では不評だった都こんぶも忘れずに持った。

息子の学校は大変歴史があり、今年は創設100年目ということだが、
本当に小さな学校で、前にも書いたが日本人は息子以外にはいない。
その歴史の中で、息子は初めての日本人だ。
外国人が多く住む地区の学校では、外国人の割合も高くなるようだが、
息子の学校はそうでもない。
また、最近とみに増えた中国人の生徒も一人も居ない。

そして「中国人」という言葉は、時によって悪口として使われることがある。
これは日常でも、息子の学校でも同じことだ。
息子はのんびりしているので、余り気にしてはいないようだが、
しつこく「中国人」と言われると、うんざりして「日本人だってば!」
と言いかえすようだ。
ときには私に「中国人って、何回も言うんだよ」と愚痴ることもある。
そんな時、私は「誰?誰よ!そんなことをいうのは!!
ママが叱ってやる!!!」と大げさに言う。

すると、ママの怖さが身にしみている息子は『冗談だから大丈夫』
と話しを変えてしまう。日本でいわれるいじめなんていうものではなく、
単純なからかいや冗談の一種のようなので、今のところ
何も気にしてはいない。

ただ、やはりスペインでは私達はアジアから来た移民なので、
子供達に少しでも日本に興味を持ってもらえたらいいなぁと思っていた。
この機会に、日本のアピールをしてやろうじゃないか!
と大荷物を持って張り切ってナディアと学校に出かけた。

学校に着くと待構えていた先生方に「よく来た。よく来た。」と囲まれて、
さっそく学校の中庭に用意された会場に連れて行かれる。

私は展示・・と言うので校舎の中で展示をするのかと思っていたのだが、
中庭の片隅に机がならべてあって、生徒たちの国別に机と
先生達が作ったと思われるその国の資料が貼ってあった。
各テーブルはすでに観光用のポスターや民芸品、民族衣装などが
きれいに飾られていた。日本はフィリピンと一緒の場所だ。
フィリピン人の子供達は割合に多いのだが、展示されたものは少なく
て少々寂しい。そこで持ってきた資料や食器などをならべ始めた。

先生達は興味深かそうに、代わる代わるやってきては
「これは何?」「まあ、きれい!」などと覗いていく。
ようやく展示が終わる頃、もう一方の片隅に机がならべられ、
また先生が呼びに来た。

「食べ物はあの机に並べて!」というのだ。
行ってみると地域別に紙が貼ってあり、真中に『アジア』とある。
隣のヨーロッパには、すでにお母さん手作りや近所のお菓子屋から
買ってきたと思われるスペイン料理が山のようにごったがえしていた。

さて我々も・・と思ったのだが、その場所は日向でかなり暑い。
寿司はあっという間に悪くなるだろうし、おにぎりはすぐに乾いてしまうだろう。

ナディアは「みや、もっと後にしましょうよ。
ほら、あの日陰にベンチがあるから私達はあそこで座っていましょう」
というので、私達は本番が始まるまで日陰に座って、
寿司の番をすることにした。

その間も好奇心旺盛な子供達が寄ってきては「何をもってきたの?」
と質問してくる。そのうち校長の尼さんまでやって来て、
「日本の民族衣装は着ないの?」などという。
私も息子も着物なんて持ってきていないので、そう伝えると
校長は心から残念そうに「そうなの・・」という。

こんなことなら浴衣くらい日本から持って来れば良かった。