マルコ

チェマとマルコは私の真上の部屋に住んでいるカップルだ。

マルコはまだあまり売れていない俳優で、ものすごくかっこいい。

確か半年くらい前に越してきたのだと思うが、初めて会ったときは
あまりの格好よさに口を開けて見てしまった。
何しろ黒い髪に黒い瞳でどこか貴族的な古典的スペイン人の風貌で、背も高くて
おまけにおしゃれだしスタイルも良い。

彼のハンサムぶりはというと、家にあそびに来て偶然マルコを見かけた友達が、
私の部屋に駆け込んでくるなり「すっごいハンサム!誰あれ?!」と
一緒にいた恋人を階下に置き忘れて叫んだくらいだ。

おまけにエレベーターで一緒になった時、小さな声で
「僕は毎日、朝になると大きな音でオペラを聞いているんだけど、オペラは好き?」
なんて優しく聞いてくれた。
「ええ、大好きよ。」と答えたときほど、亡くなった夫に感謝したことはない。

何しろ夫はオペラが大好きでよくCDを聞いていて、私にオペラの内容など
説明してくれたものだった。だが、私はまったく興味が無かったので
ろくに聞きもせず、あくびばかりしていた。
それでも、多少の曲名や作曲家の名前くらいは覚えていたので、
この先オペラの話しが弾んだら・・といろいろ頭の中でスペイン語の文章を
組み立ててみたのだが、私は2階に住んでいるので、残念ながら
エレベーターの中で、それ以上、会話の時間は無かった。

一方、チェマはかわいい顔をしていて一見のんびりした感じではあるが、とても働き者だ。

今は2軒のレストランの厨房で働いているが、家に居るときは掃除、洗濯と
家事全般を担当していて一日中働いているようだ。
よく窓から洗濯物を干したり、テラスの植木鉢に水をやったりしている。
たまに水をやりすぎて、うちのテラスにまで水を撒いてくれちゃったりする。

マルコはいつも優雅な雰囲気で、真っ白いブランド物のシャツなんかを
着ているのに比べて、チェマは実用的なTシャツにGパンだ。
よく出勤するチェマに出会うと「今度の休みにはお茶飲みに来てね」
なんて声をかけてくれる。チェマは日本でいえば糟糠の妻というのではないだろうか。

ところで、この2人は両方男性なのでホモセクシャルのカップルだ。

私が住んでいるところの近くに、なぜかそういう好みの人達が集まる
地区があるので、仲良さそうに歩いているカップルもよく見かける。
近くのレストランやバルのいくつかは、そういう人達が多く、従業員もホモセクシャルが多い。

いかにもマッチョという感じでポーズをとっているナルシストもたまに見かけるが、
大体は普通の男性同士だ。楽しそうにおしゃべりしたり、騒いだりしているが、
雰囲気が優しげで柔らかくて、やはりどこか違う。
私はその方面には詳しくないので良く知らないが、彼らは女装しているわけではない。
それから中年のカップルもけっこういる。

先日、男の友達と食事に行ったら、私たち以外の客はすべて、男性同士のカップルだった。
ラテンの国、スペインでは普通、男性はみな女性に優しくて目が合うと
わざと意味ありげにニコッと笑いかけてくれたり、声をかけてくれたりして、
普段はそっちの方面では寂しい思いをしている私をちょっとだけ
いい気分にしてくれる。が、この日の私はまったく無視され、
友人だけが一人注目されて熱い視線を浴びていた。彼いわく
「なんだか、お尻がむずむずするよ。僕はこういう趣味はないんだけどな」
などと言っていたが、まんざらでもなさそうに見えたのは私の錯覚だろうか。

それから彼らはとってもハンサムが多い。スペイン人の友達と飲みに行って
「これは○○だよ」と紹介される男性のうち
「ハンサムだなー」と思った人には、まず男性の恋人がいる。
悔しいので、スペイン人の女の子何人かに
「スペインじゃ、ハンサムはぜーんぶホモじゃない!」と訴えたところ
「あら!知らなかったの?そーなのよ!ぜーんぶホモ」と逆襲され、がっかりしてしまった。

先日も友達がディスコに行って、すごく素敵な男性と知り合い
「よーし!今日は君と踊るぞー!」といわれて喜んでいたら
「僕の恋人は・・ほら!あそこで女の子と踊ってるでしょ。かっこいいんだよ、彼は。
あとで紹介するね」と言われ、がっくり来たそうだ。

私が最近、衝撃的だったのはレストランで見かけたカップルだ。

食事が終わった彼らは、立ち上がって軽いキスを交わしていた。
が、それがごく自然できれいだったので、私はかえって「どきっ」としてしまった。
そう、ごく自然だと感じられるようになった自分に驚いたのだ。

それから町を歩いていて、店やレストラン、ふつうの部屋の窓に
小さなレインボーカラーの旗がさしてあるのを見かけることがある。
はじめは何のことかわからなかったが、これはホモセクシャルのシンボルだそうだ。
つまり「御用達」ということらしい。
といっても私がその店で無視されることはまったくないが。

日本ではどうだか知らないが、私の周りでは同性愛といってもずいぶんオープンだ。
暗いイメージは無いし特に隠すこともしないし、異性に対してもとても優しくしてくれる。
たまたま恋人が同性・・というような自然さを感じる。
ただ、スペインでも田舎はいろいろうるさいので、マルコとチェマも
彼らの故郷にいたころは苦労したそうだ。

そういえば、前回のシドニーオリンピックで日本選手団はレインボーカラーの
マントをきて入場したそうだが、きっと彼らは大喜びしていたことだろう。
その方面の日本への観光客が増えたりして・・