なんでスペイン?

時々、「何の目的で、スペインにいるのか?」
というような質問をされることがある。


質問のニュアンスは単純な好奇心から、いい年をして子供まで連れて・・
といった少々非難めいたものまで様々だが、だいたいは
日本人の方からの質問だ。


なにしろスペイン人はそんなこと聞かない。
スペインのほうが良いから来たに決まっている・・となんの疑いも持たないようだ。


私は、その場ではあいまいに「スペインが好きなんですよ−」
と、かわして来たが、そんな返事では許してくれない方々
(たまたまだと思うが年配者に多かった)に
「どこが?」とか『なぜ?』と詰め寄られ、挙句の果てに
「日本に帰ったほうがいいんじゃないの。日本人なんだし、
子供だってかわいそう」と言われる始末。


確かに私は、例えばフラメンコや絵画など勉強の目的を
持っているわけではない。


その上、語学習得というの目的も無い。
スペイン語については細々と勉強の真似事はしているものの、
これは生活上の必要性を感じるからだ。

それだって、とっても気の合うスペイン人の先生が見つかったため、
楽しすぎて勉強は二の次になることもある。


それでは、なんのため・・何をしに・・と言われても、答えに詰まってしまうのだ。

私は居住許可も労働許可も持っているので、仕事をして
スペインに住むことは可能だし、現在はそうやって生活している。
毎日の生活を思い返してみても、日本にいたときと時間的な違いはあるものの
大して変わった事はしていない。


仕事をして、子育てして、日常の家事などをして友人とお茶を飲んだり、
たまには食事をしたり、買い物のついでに雑誌の立ち読みをし
(スペイン語なのでほとんど眺めることになるが)、バーゲンに出かけたりもする。
つまりは住んでいる所が、日本からスペインに移っただけ・・
と言えるかもしれない。
ただ、言葉をはじめ、文化、習慣等その他の違いは大きいし、
私はここでは外国人なので日本国内で引っ越したのと同じとは
もちろん言えない。


スペインに来るに当たって、各種のビザを取ったり、日常生活に
支障が無いようにする為、言葉の不自由なこともあり
ずいぶん大変だった様な気もする。
でも、もともと深く考えない上に物事を、特に面倒なことは忘れやすくて
妙に楽天的なところがある私は「やっぱりスペインで生活したい!」
と言う一念だけで今の生活に突入してしまったが、
もちろん運もよかったし、手助けをしてくださる方々に恵まれていたのだと思う。


また、以前と違って子供がいる・・という事もスペインに住みたい!
という要因の1つになったような気もする。
もし、私1人だったら来ようと思えばいつでも来れるし、
現実的な生活など考えずに、案外と長期の旅行をして
満足してしまったかも知れない。


でも、子供連れではそうはいかない。
何しろ、学校には行かせなくてはいけない、子供の休みに合わせたとしても、
毎日外食と言うわけにも行かないし、遊び相手もいたほうが良いし・・・。
そうなると旅行よりも生活してしまったほうが楽な気がしたのだ。


それからもう1つ、以前に付き合いのあったスペイン人の家族を見ていて
「いいな」と思う場面が多くあったことも事実だ。
例えばスペインでは母と息子がとても仲が良い。
私に息子がいるせいかもしれないが、目に付くのはなぜか母と息子ばかりだ。


街を歩いていても、仲良さそうに肩を並べておしゃべりしながら歩いていたり、
レストランなどでも、おしゃべりをしながら楽しそうに食事をしていたりする。
これは小さな子供と母という図ではなく、
りっぱに成人した息子と母のことだ。
スペイン人の友人も(40代後半)、毎日同じ時間になると
近くの都市に住んでいる母親に電話をかけるのを日課としている。
街で偶然、彼に出会ったことがあるが、いつもおっとりした彼が
妙にせかせかとしている。


「今日は忙しいの?」と聞くと
「うん、早く帰らないと母に電話をする時間なんだ」と答えた。
もう1人の友人は何かと言うと「母が大好きだよ!尊敬しているんだ」
と言ってはばからない。彼らが日本でいうマザコンなどでは断じてない。
あくまで自然に振舞っているように私には思える。
母親自身が尊敬されたり、心配してもらえるだけの人間にならなくては
仕方ないが、そんな親子関係が私には好ましく映った。


また、家族と住んでいる友人の家に遊びに行っても、
まず始めに紹介されるのはその家の長、おじいさんやおばあさんだ。
「おじいちゃん、この人は私の友達で日本人よ」と紹介されたおじいさんは、
まるで外出するときのように素敵なスーツをぱりっと着ていたが、
高齢でほとんど耳も聞こえず、少々ボケもあるようだった。

もし、日本だったらそんな風に紹介するだろうか・・
隠すようにするのではないだろうか。
それに毎日、毎日、服装や髪型まで気を使ってあげられるだろうか。
ちょうどその時、友人の妹が帰宅した。


彼女はバンドをやっているとかで、バリバリのパンクファッションに
身を固めていた。

「おじいちゃん、さあデートの時間よ!」と言って
一緒に散歩に出かけてしまった。

聞いてみると、彼女は友人達と共同生活を送っているそうだが、
毎日特別な用事が無い限り、おじいさんと散歩をしに来るそうだ。
いろいろな事情があるにせよ、ごく自然に振舞っている友人の家族達を見て、
私は心が温かくなるようだった。


大家のカルメンも金曜日になると片道5時間もかけて、
高齢の母親の世話をしに実家に帰る。
「毎週、毎週、大変だね−」と私がいうと、
「ほんとに大変よー!でも最近は、息子が母の家の近くに
仕事を見つけてくれたから楽になったのよ」とさらっと答えた。


私が初めてスペインに来たのは、まったくの偶然だったが、
なぜかとても居心地が良かった。
もちろん、日本のように安全ではないから、街を歩くのにも気を使うし、
最近は観光客を狙った首しめ強盗事件が多発していて、
事実、私の周辺でも起こっている。
それでもなぜか心引かれるものがあったのは事実だ。


夫が亡くなった後、初めてスペインを再訪して日本に帰って来た時だった。
息子と買い物に行こうと家の近くの坂を下っていると、
目の前に大きな夕日がまさに落ちようとしていた。
それを見て私は「早くスペインにかえりたい!!」と叫んでしまった。


突然、以前に夫と住んでいたラ・マンチャの大きな夕日を思い出したからだ。

その時からすでスペインで生活する事を強く望んでいた。
たしか3年前のことだと思う。