ひのき舞台ものぐさつづり帖
その5

没頭できる世界
昨日(4月7日)追善能を見に行ってきた。
久しぶりに、とても見ごたえのある舞台で、楽しかった。「融」の舞囃子と「砧」の後が、特に「空気」がよかった。


丁度、ものすごくいいカウンセリングができて、患者さんと自分だけの空間になったときとか、すごくいい講演ができた時にも、ああいう「空気」が感じられる。自分であの「空気」を作り出すのも楽しいけれど、人が作り出した「空気」を感じるのも、なかなか楽しい。あの「空気」を感じたくて(触りたくて)、お能にかかわっているっていうのがあるかもしれない。


こうした「空気」は、ちゃんとしたお能じゃなくても、T先生が上級者の人にお稽古をつけている時にも感じられる。今度、4月の発表会で、お能をなさるAさんのお稽古の時なんかは、しょっちゅう、あの「空気」が感じられるので、見ていて楽しい。


ところで、お稽古といえば、この間、S氏の「大原御幸」のお稽古で、T先生が謡っておられるのを聞いていたら、私の頭の中には、すっかり、まるで映画かドラマのワンシーンのような映像がありありと浮かんできた。幼い安徳天皇が「これからどこに行くの」と尋ねるのに、「あの波の向こうに極楽浄土があるんですよ。さあ、ご一緒に参りましょうね」と、建礼門院と二位の局が答えて一緒に、入水するシーンだ。


思わず、謡を聞きながら、ボロボロ泣いてしまった・・・。お稽古聞いていて、あんなに泣いたのは初めて。結構、うるうるすることは、ときどきあるんだけど・・・。


いいなあ、早く上手になって、ああいう楽しい謡を習えるようになりたい!


 

閑話休題。
この謡を聞くまで、すっかり忘れてたけど、建礼門院って、昔から好きだったのよね。小学校の頃、図書室で平家物語を読んで、すっごく泣いた記憶がある。平家物語の中では、誰が好きって、建礼門院が、一番好きだったなあ。
ほかにも、結構私は、歴史上の人物に感情移入しちゃうほうだけれど、とりわけ好きなのは、大来皇女、静御前、お市の方など。よくよく考えてみたら、共通パターンがある。みんな「不本意ながらも、自分だけ生き残っちゃった。でも、嘆きながらも一生懸命生きてる女性」って、感じかな

女の色気
和泉式部(「東北クセ」)を舞っていたつもりが、「ケインコスギのようだ」と、T先生に言われてえらいショックを受けた(?)私は、その後、萌ママ(萌ちゃんの飼い主。お能友達ね)に宣言した!

「春までに絶対女っぽく舞えるようになって、先生をびっくりさせてやるっ! 舞台では、きっと、相当色気を出して丁度よねっ! だって、地謡の先生には、色気は期待できないもん! 

銀座のバーのマダムか、宇野千代か、はたまた瀬戸内寂聴かって感じで、ルナちゃん顔負けの自由奔放な恋愛の泥沼を表現してやるっ!!!目指すは、梅の香が匂うような色気よ!」

でも、勢いがよかったのは最初だけ。自由奔放な恋愛に生きる女性は、見ていると勇気がわいてくるけど、やっぱ見ているに限る。練習しているうちに、だんだんストレスがたまって、イライラしてきた。どうも、舞うことと、文章に書くのや劇としてセリフがあって演じるのとは違うらしい。結局、
「いくら頑張っても、私は、私よね。素直に自分の中の和泉式部っぽい部分を掘り下げることにしよう」
と、あえなく挫折した。

結局、銀座のバーのマダムとは程遠いイメージになっちゃったけど、そんな中で、少しでも女っぽさを追求してみることにした。人間、分相応が肝心ね。

ついでに、私は毎回自分が舞う曲に裏ストーリーを作っているのだが、今回の曲には、超暗いストーリーを作ってしまったもんだから(テーマは天国と地獄)、ストレスがたまるたまる。まるで、中途半端で終わったカウンセリングのよう・・・。

やっぱ、もっとかわいい曲にしておけばよかった。あーあ、「班女」「蝉丸」「杜若」なんかは、かわいくって、楽しかったのになー。

春の演目
「春のお能の会で、何を舞うか」を申告する時期になった。
ちなみに私は今、お稽古では、「東北」という和泉式部の役を勉強中だ。私にしては、珍しく女役! でも、なんてことはない。年末から、「元気な曲」禁止令が出ていたのだ。

「森津さんは、しばらくは荒い曲はやる必要はありません! あなたは、早く動きすぎます。これ以上、荒い曲ばかりやったら、女物ができなくなります! しばらく、静かな曲だけやりなさい!」
ってことで、珍しく女役が回ってきたわけだ。決して、女役が似合うようになったわけではない。

そのせいか、先生ときたら、自分が言ったことをコロッと忘れて、先日、いきなり、

「森津さんは、春の会はなにをなさいますか? 「菊慈童」ですか?」
と、言い出した。思わず、私は内心、『え、えーっ、「菊慈童」・・・?』と思って、だんまり・・・。
ちなみに、「菊慈童」というのは、「山から湧き出ている酒を飲んで、酔っ払って毎日過ごしているうちに、少年の姿のまま700年経ってしまった」という話だ。

確かに、少年の妖怪だか、妖精だかって、パッパラパーな役は、見てる分にはかわいくていいけど・・・。やるのは超ストレス・フル(だって、ルナ子みたいなんだもん!)。しかも、春までずーーっと、やってたら、具合悪くなりそう・・・。

 で、おそるおそる、

「あの・・・春は・・・「東北(和泉式部)」なんぞを・・・・」

といったら、
「うーん、それって、確か、誰かがやっていたような・・・・」
「あの・・・それって、私・・・今、やってますが・・・・」
「あれ?そうでしたっけ?」
ですって・・・・。ああ・・・やっぱ、私って、「女」のイメージないのねー。

しかたなく、心の中では、

『この間、お稽古で舞った「菊慈童」の役が、それだけ印象的に、かわいく演じられたんだわ・・・とでも、思っておこう』
 と、勝手に、いいように解釈することにしたのだけど、

『やっと、「天狗が向いてる」と言われなくなったら、「少年」かい・・・』と、がっくりきた森津でした。

この話を萌ママ(萌ちゃんの飼い主、私のお能友達ね)に話したら、
「純ちゃんと、『菊慈童』って、どこかつながるわよねー」。
やっぱり・・・。でも、認めたくなーーーい!!

秋の会
無事に、秋の会も終わりました。
今回は、「敦盛」という曲をやったのですが、初めての「舞囃子」という、お囃子つきの演目だったので、リハーサル(専門用語では、「申し合わせ」って言うんだけど)が終わるまでは、かなりドキドキ緊張しました。

結果は、リハーサルの方が気分よく舞えた感じでした。
なにしろ、本番では床があまり滑るもので、すべり止めの水をつけたら、つけすぎて、足が動かなくなってしまい、
 「うそー?!まじ?!全然、足が動かないじゃん!!!これなら、つるつるの床のほうがましだったよー!!!これで、最後まで舞えっていうのー?!あー、もう、絶望的…」

と心の中では、半べそどころか、涙の嵐でした。でも、人生何が役に立つかわかりません。普段の講演会で、アクシデント慣れしていたお蔭で、ともかく、舞うことに心を集中することで、なんとか乗りきることができました(相当、普段より集中力に欠けてたけど…)。
&、幸か不幸か、私が内心ドパニックに陥っているのは、素人さんにはバレなかったみたい…。よかったーーー!

今回、自分としては「舞」そのものには合格点はあげられないけれど、アクシデントにめげずに、あきらめずに舞いきった自分には花マルをあげたいと思いました。あと、もう一つ、自分を誉めてあげたいと思った点は、以前に比べて、周囲のことを気にしなかったこと。以前は、相当、周囲の評価を気にしたり、周りの人と自分を比較しすぎるところがあったのだけれど、今回は、「自分自身と向き合って、自分自身をライバル視し、自分自身が納得できる舞い方をする」という姿勢が、ちょっとだけですが、できたのはよかったことでした。次には、もっと、集中して舞えるようになりたいもんです。

ところで、今回の発表会で、なんといっても嬉しかったのは、先輩方が、本当にあれこれ、細かいご配慮を下さって、いろいろな面で力強く支えていただけたこと! おかげで、本当に、不安なく、大船のった気持ちで、当日を迎えることが出来、そのあとも、本当に幸せな気分で、いっぱいになりました。周りの人たちの力って、すごいなーと思いました。私も、「後輩ができたあかつきには、今回、先輩がたがいろいろ支えてくださったように、絶対、優しく支えてあげるんだ!」と心に固く誓ったのでした。

また、今回は、いつも発表会にきてくださる人向けに書く「解説書」も、相当気合いを入れて作ってみました。なんと、A4の紙6枚!しかも、図入り! (また、秘書くんに、「そのくらい、仕事の原稿も熱を入れて書いてくれれば…」といわれそう…)
 というのも、まだまだ、「お能なんて、高尚過ぎて、見ていてわからない。みんな同じように見えてつまらない」という人が多いもので、少しでも、親しみを持ってみてもらえるといいかなー、と思って工夫してみたのでした。でも、そのかいあってか、
 「お能に対する印象が変わった!面白かった!今度、本物のお能を見にいってみようかって気持ちになった」
という人が何人かいたのは、なにより嬉しいことでした。中には、「フラメンコよりよかったよ」という人もあったくらいで、びっくりしました(フラメンコのほうが、派手で、一般ウケしそうなのにね)。
 
あと、今回切実に思ったことは、「もし、もう一人の自分がいたら、リハーサルと本番、しっかり見比べてもらえたのにっ!」ってことでした。 というのも、「リハーサル」と「本番」では、自分の中の心の持ちようが、180度違っていたからです。そういった部分が、客観的に見て、どのくらい舞に反映されるのか、されないのか、とても興味があります。

というのも、プロの舞を見ていても、「前半と後半では、心の持ち方が変わっているんじゃないか」と思ったり、同じ役者でも「今日は、素晴らしい「気」が出ている」という時と、「そうでない時」をとても強く感じるからです(私の商売柄かもしれないですけど…)。あの現象が、どんな心持から出ているのか、ぜひ、追求して見たい!!!でも、こうした心持っていうものは、プロの人になかなか、「今日は心持がいいですけど、どんな感じで舞ってらしたんですかー」なんて、なかなか聞く機会もないし…。

だったら、自分で研究してみたいと思っても、ビデオには「気」ってあまり映らないから、参考にならないし…。だから、こういった「気」の部分も含めて、いい点も悪い点も、できるだけ客観的に詳しく評価してくれる観客が切実に欲しい!!! うーん、やっぱり自分自身を観客として、会場に置けたらいいのになー。

みなさん、どこかで、私の舞か踊りを見たあかつきには、ぜひぜひ、辛口の評価をいただければ、幸いです。