ひのき舞台ものぐさつづり帖 その1

T先生はすごい!
私が習ってるT先生は、とーってもすごい! 
うまい! 思いっきり、自慢しちゃうぞ!!
どのくらいすごいかっていうと……、
なにしろ、歩いても止まっても、惚れ惚れするくらい美しい!
しかも、動きにはメリハリがあって、その動きの一つで、
お稽古場にいるのにいろいろな風景が見えてくる! 

ある時には、覗き込んだ井戸の丈、深さまでが見える。
またあるときには、ハラハラと扇子の上に舞い散ってくる
桜の花びらが見える。
そして、先生が、さっと腕を一振りしただけで、長い衣装の
袖がふわりと舞って腕にかかった瞬間までが見える!!!!
また、同じ天女物を舞っていても、
「ああ、この天女は、この間の天女と違って、年が若くて、元気がいいんだなあ」
と感じられるし……。

実は、「井筒」のお稽古していたとき、先生の背中から
漂う哀愁(?)に、思わず涙がこぼれちゃったもんね。
だから、ほんとに自分がお稽古しなくても、先生の舞を
見てるだけでも楽しい! あんな風に舞えたら、楽しいだろうなあ……。

ついでに、医者の私としては、
「なんて美しい足底筋! 広々とした豊かできれいな広背筋。
腸腰筋もきれいだわ」、とも思う。
最近、いろいろな代教の先生のレッスンをうけていて、
「T先生と出会わなかったら、お能は続いてなかったに違いない!」
と、しみじみ確信する今日この頃。

でも、それもそのはず、この業界(?)の中でも、
うちの先生はかなりすごい人だったみたい。
お能のことをほとんど知らなかった私は、2月に初めて
先生の舞台を見にいってわかった
(実は、まともにお能を見たのは、これが2回目)。
ほんとに、先生は抜きん出て、超うまかった……!

しかし、きれいな舞を見なれてしまうと、目ばかり
肥えてしまって、ちょっとやそっとの舞台では
満足できないのは困ったもんだ……。

T先生は怖い?
こんなにステキなT先生は、実は、お稽古が超厳しいことでも有名だ。
先日、能楽堂で隣に座っていたおばさん達もこんな噂話をしていた。
「え、奥様、T先生に習ってらっしゃるの? 
T先生、とっても素敵で私も大ファンなんですけど、
お稽古はとっても怖いことで、この世界では有名でしょ? 」
「ええ、もう、そりゃ厳しくて……。噂通りですわよ」
「まあ、それなのに、よく続けていらっしゃるわー。
続けていらっしゃるだけでも、私、尊敬してしまいますわ」
 
で、事実はどうかというと……。
普段はとーっても面白いし、こまやかな気配りで、
優しいんだけれど、お稽古中は超怖くなるときがある。
幸い、私はまだ、怖い思いをしたことはないんだけれど、
人のお稽古を見ていて、心臓がバクバクしてしまったことが何度もある。

まあ、怒られる人には、怒られるなりの理由があるんだけど、
怒り方が超エネルギッシュなもんだから、ほんとに怖い。
この間は、ついつい怒られている人に感情移入しちゃって、
涙が出てきてしまった。

「どんなに、直せっていわれても、その場ではできないことって
あるよねー。ついでに、怒られると萎縮しちゃって、
理解できなくなっちゃうんだよねー。ううっ!
私だったら、お稽古場の真中で泣いちゃうかもっ……」

でも、みんな、どんなに怒られても、歯を食いしばって
ついていくからすごい!!みんな、根性がある!すごいなあ!
私だったら、根性なしだから、へこんで、立ち直れないかも……。
だから、怒られないように気をつけなくっちゃ……。

でも、普段のT先生は、とっても面白い。
なにしろ、突拍子もないときに、変わったジョークを言いだす……。
この間などは、先生があまりノリノリで冗談を言うものだから、
おかしくておかしくて、笑いの虫がついてしまい、
吹き出しそうになるのをこらえるのに相当苦労した。

みなさんが真剣な顔をして謡っているのに、後ろで、
「ぷぷーっ」と、吹き出すのは、大変失礼だし、かといって、
先生の顔を見ると吹いてしまいそうだし……。
しかも、先生の真正面に座っていたもんだから、顔を上げると、
先生が目に入って吹き出しそうになる!! 本当に困った!!

結局、必死で目をつぶって、下を向き、「笑い」に気持ちが
集中しないように、必死で、深呼吸して、別のことを考えていたのでした。
お茶目な先生で、困ります?!


個人稽古
お能のカルチャー友達のIさんに誘われて、H13年2月から、
先生のお宅に個人稽古に通うことになった。
私としては、最初は、
「4月ぐらいから、カルチャーをやめて先生に習いに行こうかなあ」
くらいの気楽な気持ちだったはずのだが……。
やる気満々のIさんに引きずられるように、この2月から、
通うことになり、しかも、しかも、何のはずみか、発表会にまで出てしまった……。

確か、今年の初めには
「今年はゆとりのアフターファィブ。基礎を固めてゆっくり、練習」
という目標を立てたはずで、そのため、フラメンコの発表会も
今年はパスして、ホッとしてたはずだったのに……。

一応最初は、「お能の発表会、今年は何分、勝手も
わかりませんので、見学だけにさせてください」
と断ってはみたんだけどね……。
でも、先生に、にっこり笑顔で、じ―っと見つめられて、
「個人稽古で、お仕舞も練習されるということは……
発表会にも、お出になられるのかな? 
屋島か、善界(ああ、私の好みを良く知っていらっしゃる……)
でもなさいますか」 と言われたら、
「……はい……」
と答えてしまった私だった。

ついでに、この話をフラメンコ仲間に言ったら、
「なーんだ、フラメンコの発表会を断ってるから、
どうしたのかと思ってたら……。やっぱ、「純ちゃんらしい生活」してたのね」
と言われて、ため息をついたのでした。

修羅もの
以前、先生から、
 「森津さんは、天狗、九尾の狐といった曲だと、嬉々として
練習していますね。次は修羅ものにしますか?」
と言われたという話を書いたが、その後も、相変わらず、
ドタンバタンと激しく動く、男振りの舞ものばかり、課題曲として練習いる。

ところで、最近、この件に関連して新たな情報を、
友人のIさんから仕入れた。なんてことはない、
私にこう言った先生自身も、修羅ものが大好きらしいのだ!

事実が判明したら、Iさん始め、カルチャーのお友達は、
口をそろえてにこにこしながらこう言った。

「よかったねー、森津さん! 先生と趣味が合って! 
この先も、いっぱい、修羅ものやらせてもらえるよー。
ほんと、修羅ものを舞ってると、森津さんって、すっごく
生き生きしてるものねー。いい先生にあたって、良かったわねぇ!!!」

……喜んでいいものか、悲しんでいいものか……。
 ああ、でも、ほんと、修羅もの、天狗もの、大好き!