ひまわり先生のひとりごと

2004年8月


2004年8月30日
先日、お能を見に行った。演目は、以前、私も舞囃子と素謡をさせていただいたことのある「班女」という曲だ。
舞台を見ながら、自分自身がお稽古していた当時のことをありありと思い出して、
「そうだ…。あの当時、すっごくがんばっていたんだなー」
と、あらためて昔の自分を客観的に見つめ、過去の自分のために涙することができた。

このことがきっかけで、あらためて「40年間の私」をもう一回振りかえってみることにした。

過去の私は、いつも「生きるか、死ぬか」ぎりぎりの崖っぷちを歩いていた。だから、否応なくがんばらざるを得なかったように思う。そのせいか、「どのくらいがんばっているのか」ということをちゃんと認識せずにきた。
そしてまた、少しでも余裕があるときには、いつも自分のことは2の次で、人のために動いてきた。とはいえ、無理をしていたわけではない。むしろ、人の喜ぶ顔を見るのが、自分自身にとっても最高の幸せだと思っていたから、好きでやってきたことだ。
そうした生き方には悔いはない。

ただ、あまりにも、ずっと必死で生きてき過ぎて、自分自身をちゃんと評価して、誉めて、応援することが足りなかったかなあ、と今になって、ふと思う。

いつも、患者さんをはじめ、自分の周りの人たちのためには、100%必死の思いを込めて、応援したり祈ったりしてきた。でも、自分自身に対しては、同じ位の想いとエネルギーをかけて、「がんばれ!幸せになってね!」と、祈ったことはなかったかもしれない。
いや…、あったかもしれないが、続かなかったのかも…。
あるいは、どこかで、
「自分のために祈るなんて、強欲だ」とか、
「もっともっと、がんばって苦労しなければ、幸せは掴めないものだ。こんな簡単に幸せが掴めるはずがない。私は幸せに値するくらいの努力は、まだしていない」
と思っていたかもしれない。

なにしろ、大学時代には、「周りの人全員が幸せになるまで、私自身の幸せなど望まずに、謙虚に生きていけますように」
と祈っていたくらいだ。
これって、今思うと、あまりいいやり方ではなかった。

幸せをたくさん持っていない人は、幸せを他の人には分けられない。
10円しか持ってない人は、10円しか分けられない。でも、1億円持っていたら、1億円をみんなで分かち合うことができる。幸せも同じだ。

人に幸せをおすそ分けしたかったら、まず自分がたくさんの幸せを掴む必要がある。自分も、他人もみんな同じ。
もっともっと、自分の周りに幸せを増やすためにも、自分を含めて、すべての人の幸せを祈りたいものだ。

2004年8月23日
弟一家が,急遽,ニューヨークに転勤することになった。
とはいっても、1年間だけの出張勤務。
でも、今住んでいる社宅は引き払わなければならないらしい。そのため,アメリカに送れない荷物が我が家に搬送されてくることになった。

慌てたのは私である。  我が家は,今ですら,あちこちの部屋の中に荷物があふれかえっている。
唯一,きれいに片付いている部屋が、私と弟の部屋だけなのだ。なのに,そこも物置同然になるのかと思ったら、頭がくらくらしてきた。

そこで、一念奮起、「これではいけない!!」とばかりに、家中の余分な荷物&押入れの整理を強行した。

そうしたら,まあ,出てくるわ出てくるわ…。
カビの生えた昔の服や鞄。

 「もったいないから」と使わずに保存しているうちに、変色して使えなくなったタオル、シーツ、ハンカチ、食器・・・。
 
「なんだ,こんなところに,こんなに新品のバスタオルやお皿があるなら,買わなくてもよかったのに…」
と、悔やむこと多々…。
おそらく、どこに何がしまってあったのか、把握していたのは亡くなった母だけだったろう。

で、結局、使えないものは思い切って全部捨てたら,残ったものはほんのわずかになった。

また、この機会に、私自身,ずっと捨てられないでいた大学時代の資料や友人からの手紙類も,思いきって,整理して,必要最低限以外は捨てることにした。
ダンボール箱にして,12箱分くらいの資料,教科書,手紙を,1箱半に減らすことができた。

片付けながら,
 「以前にも,資料はかなり捨てたはずだから,相当量の勉強をしたんだなー。
それに,これだけ手紙をもらっているということは,これだけ返事を書いたってこと。
これだけの勉強をしながら,よくもまあ,これだけ手紙を書いたもんだ…。
こうして客観的に見ると,がんばっていたんだなー」
としみじみ感じた。

そして、特に思い出の深い品々は,一つ一つに対して、丁寧に語りかけながら、捨てることにした。
「当時、たくさんの思いを込めてこの品々を取っておいたこと、忘れてないよ。
 でも、取っておいても、いずれ死ぬときには、「想い」しかもっていけないから…。思い出は,充分心に焼き付けたから,捨てさせてね。
過去の「私」さん。本当に、ありがとう!あなたが、がんばってくれたから,今の私があるんだよ。
 未来の私は幸せになっているから、大丈夫だよ」
 
また,整理をしていて感動したのは,
「一人暮しをしている間,母をはじめ,家族からたくさんの手紙をもらっていたこと」
「学生や研修医の頃から,たくさんの患者さんに,大量のお礼の手紙をもらっていたこと」
に気がついたことだ。

当時,
「私は、こんなにも、たった一人で必死に生きているのに、どうして、誰も私の気持ちをわかってくれないんだ!」
と、投げやりになっていたけれど…。
今、客観的に見れば,そこここに,たくさんの愛があったことが発見できた。

確かに,当時の私が望んでいた愛の形や,理解の形ではなかったけれど,それでも、それぞれの人たちからの精一杯の愛が、そこにはあった。
 当時の私自身が、
 「100%理解してもらいたい」
と、あまりにも欲求が強すぎたために、たくさんの愛を受け取れずにいたのだ。

もしかすると、そのことが心のどこかでわかっていたからこそ、どんなに絶望したときにも,死を選びきれずに,今日まで生き延びてこれたのかもしれないなー、と,今さらながらに思った。

そこで、片付けながら、亡くなった母や患者さん,そして,手紙を下さったたくさんの通り過ぎていった人たちに、
 「ありがとう。今になって,あなた方の愛の大きさに,やっと気がつきました。
遅れ馳せながら,感謝します」
と,祈った。

こうして、寝る間、食事をする間も惜しんでの1週間。結局、押入れ、1つ半を空っぽにすることができた。(やる気になれば、できるじゃん!!)
片付けの最後、押入れの一番奥から、「がんばった私への亡き母からのプレゼント」とも思える品が出てきた。
 
 「ああ,母は,もしかして、この品を見つけて欲しくて,私の心を「片付け」に駆りたてたのかなー」
 なんて思った。
 
片付けは,心の整理にもつながる。
 「いらない過去にエイヤッと踏ん切りをつけて,切り捨て,大切なものだけを残して,いつでも使えるように整える」
荷物も心も、いつもすっきり整理させておきたいもんだ。

やっぱり、シンプルライフを心がけなくっちゃね。

2004年8月16日
こういう商売をやっていると、仕事ではもちろんのこと、私生活でも、いろいろな人の悩み事や問題を聞く機会が多い。そのためか、
 「どんな家庭にも、多かれ少なかれ、問題があったり、悩み事があったりするものよねー」
 という概念が、頭の中にこびりついているような気がする。

 たとえば、一見すると、とっても仲良さそうな家族に見えても、プロの目からみると、
 「こういう問題を抱えていそうだなー」
 ということが、案外見えてしまったりする。

 ところが最近立て続けに、正真正銘、家族全員が、それぞれを思い合い、いたわりあって、過ごしている家族に出会った。
ちょっと感動!!思わず、
 「うわー!絵に描いたような理想的で幸福な家族っているんだー。
もしかして、神様が、「お互いをいたわり合い、愛し合っていれば、こんなにも素敵な家庭を築き上げることは可能なんだよ」ということを教える見本のためにいるのかなあ」
 と、日記にまで、その幸福振りをつらつら書き綴ってしまった。

でも、書きながら、ふと、我が家を振り返ってみると、最近の我が家もほとんどストレスがなく、とても気持ちいい関係であることに気がついた。
とはいっても、「絵に描いたような幸せな家族」というよりは、
「各自それぞれ、気ままに自立。でも、必要なとこは助け合い」
というあっさりした関係。でも、結構いいバランスを保っている。

少なくとも、母親が生きていた頃や、亡くなった直後よりは、かなり穏やかで、平和でのどかな家になってるんじゃないだろうか。
でもまあ、ここまでに至るまでには、家族それぞれが、少しずつ時間をかけて譲り合ったり、許し合ったりと、努力してきたように思う。

そんなわけで、私は今、我が家が一番居心地よくて、とても満足している。
ついでに仕事にももちろん満足している。
確かに、クリニックには「大変」をたくさん抱えている人が来院するけれど、そのおかげで、私はその「大変」を補って余りある「日々を気持ちよく生きていける言葉」を、毎日たくさん探して、口にすることができている。
おそらく、私ほど毎日、素敵な言葉をたくさん聞いている人(話している人?)は、そうそういないだろう。

そう考えると、
「昔は、「私の人生って、相当大変!」と思っていたけど、ここまでたどり着いたみたら、案外こんないい人生はそうそうないかもー」
と、しみじみ思う今日この頃。

あー、がんばって、生きてきてよかったー。

2004年8月2日
最近、子供たちと接する機会が多い。彼らの話を聞いていると、その柔軟な考え方や生き方に、心底感心する。

子供たちは、本能的に、「これは自分の生き方に合う」とわかると、さっと取り入れて、その日から生活を変えていくことができる能力を持っている。

たとえば、大人に、
「無理をせず、大変なときには、上手に人に頼った方がいいですよ。
 苦手なことは、克服が難しいときには、避けてもいいんですよ。
自分で自分をいじめたり、責めたり、戦ったりするのはやめましょう」
と伝えても、なかなか自分の慣れた生活パターンを変えられず、何年、何十年と「自分自身の一部と戦いつづける」ことを繰り返していたりする。

でも、子供は、
「そうか、まず、自分が自分を大事にすればいいんだ」
と理解すると、パッと切り替えられる。そして、最初に問題となっていたことだけでなく、
「これも、あれも、問題の根っこは同じだった」
と、気がついて、いつのまにか上手に他の問題にも対応できるようになる。
あの柔軟性はすごい!

こうした子供たちと話をしていると、
「もしも、私自身も、子供の頃に、「本当に生きるために、一番大切なこと」を教えてくれる大人に出会っていたら、どんな生き方をして、どんなことができていたんだろう」
ということをよく考える。

私の子供の頃に比べれば、「生きるために、一番大切なことは何か」ということがわかっている大人は増えてきている。だから、子供たちも、「真理」を知りやすい時代になってきたかもしれない。
とはいえ、まだまだ、大多数の大人は、自分でも「生き方」がわからずに生きている。そしてまた、そうした大人たちに育てられる子供は、「何が大切か」わからずに、迷いながら育つことになるわけだ。

でも、もし、「物心のつかない小さな頃から、一番大切なことから教わった子」がいたら、この世の中をどんな風に生きていくんだろうか…。
そういう新時代の子供の生き様を見てみたいなーと思う今日この頃だ。