ひまわり先生のひとりごと

2004年12月


2004年12月27日
 あっという間に、年の瀬になってしまいました。
 
 今年一年、振り返ってみると、仕事は最低限に絞り、原稿書きの仕事はどうにもやる気にならず(…というか、文章が天から降ってこないから、書けない!)すべて断り、趣味も最低限。お能にいたっては、「今年は、神様系の曲しかやる気がしないので、それ以外はやりたくありません」と宣言して、師匠に目を丸くされる始末。

 そんなこんなで、一年間、何をやってたのかなーと、振りかえると、「家の整理整頓、掃除、洗濯、瞑想、読書」にいそしんでました。どうも、今年は、自分自身と「家」というものを見直す一年だった気がします。


 ところで、こういう仕事をしていると、多くの人から、「先生なら、困った時にどうすればいいか、なんでも知ってそう」と言われます。
そんなことはありませんよ(笑)。
 やっぱり、いまだに、日々発見、日々修行です。
 「わかった!」と、その瞬間は悟った気になったことも、しばらく経ってみると、「まだ奥があったかー!」と、思わされることもしばしばだったりします。
 「頭ではわかっちゃいるけど、実行するとねー…」
 と、反省することも、もちろん、いっぱい。

 だから、ひまわりにこられる方々に、「こういう点、気をつけていきましょうね」と話すときには、必ず、自分自身や過去の自分にも言い聞かせています。
 そうすることで、自分自身を日々、見直すことができますし、また、ひまわりメイトのみなさんががんばっているときには、私も一緒にがんばっていることになりますから…。自己満足かもしれませんが、ささやかな私の「自分自身とみなさんへの応援歌」なのです。

 そんなこんなで、今年はすっかり「引きこもり系」に入って充電していた私ですが、来年は、少し活動することになりそうな予感です。本も出る…かな?

 最後まで、天変地異の多かった今年ですが、来年はいい年になるよう、祈りたいと思います。
 来年もどうぞ、よろしくお願い致します。

 なお、新年の「ひとりごと」更新は、17日の予定です(秘書の織田ちゃんが出勤しないと、パソコン苦手な私では、アップができないんです。笑)
 では、よいお年を!


2004年12月20日
今回は、マンガにはあまり興味のない人には、ちんぷんかんぷんの話でごめんなさい。

 マンガ好きの私としては、久々に「ガラスの仮面」の42巻が発売になったのは、結構嬉しい。連載はずっと中断されており、今回、何年かぶりの新巻の発売だった。しかし、いまだ、雑誌掲載分でコミック化されてないものがある。

ちなみに、「ガラスの仮面」をご存知ない方のために、ちょっと解説。
 このマンガは、「容貌は冴えないけれど、類まれな演劇の才能を持った少女が、幻の名作「紅天女」の主役を目指してがんばる」という話だ。

ちなみに、このマンガが始まったのは、私が中学の時。連載当時、主人公は私と同い年で、私も演劇をやっていたので、とても親近感がわいた。私自身、このマンガの進行とともに、自分の人生が進んできたような感がある。そしてなにより、このマンガにかかれている壮大な宇宙観、恋愛観には、とても共感するところが大きい。

しかし、これだけ連載中断が長くなると、時代も変わってしまうし、作者の生活や興味の対象も変わってしまうだろうから、続きを描き進めるのは大変だろう。
実際、作品を読んでみると、30巻以後から、作者の視野がどんどん開けていくのがわかる。作品の根底に流れているものは、同じなのだが、どんどん膨らみが増している。ちなみに、38巻あたりで、主人公の師匠の人生が語られていた頃には、まだ、言葉に現実が追いつかない部分もあった。けれど、「紅天女」の話が始まった頃からは、相当深みが増している。

ちなみに、今回発売になった42巻などは、内容的には、軽くまとめられているけれど、
「作者の確かな実体験が裏にあるなー」
と思わされるセリフ回しだった。
だからこそ、作者としては、一年前の作品を見てすらも、
「世界観が、未熟だなあ」
と思うのではないかなーと、感じる。それに、大きな作品になればなるほど、
「ちゃんとした終わらせ方をしないと納得できない」
 というファンも多くなるだろう。

 この先、ちゃんと、物語に結末がつくのか否か、どんな結末に持っていくのか、興味深い。でも、まあ、人間がもともと持っている嗜好傾向というのは、いくつになっても変わらないものだから、結局は、今までの作品の終わり方を深めたような感じになるのかなあ、なんて予測している。

 美内さん、続きを是非、また、早く描いて下さい。
2004年12月13日
我が家の近くには、神社でもありそうなうっそうと木々の茂った裏山(?)のような場所がある。
都会には珍しい緑のオアシスだ。私はこのあたりの土地が子供の頃から大好きで、
「ずっとこの土地がこのまま緑であって欲しい」
と思っていたのだが、今度、ついに、宅地開発の手が伸びることになったらしい。

なんでも、この土地は見かけは裏山のような感じなのだが、住宅街の真中に位置するため、土地の区分としては「宅地」に分類されるらしい。しかも、とても広々とした土地なだけに、固定資産税が毎年ものすごくかかるのだそうだ。
その税金を工面するため、地主さんは今までも相当苦労してきたらしいが、ここへきて、相続の問題なども絡んで、どうにもそのままの形で土地を維持することができなくなったらしい。

そのため、税金を払うためには、土地の一部を切り売りして、得たお金で宅地開発して、マンションを作り、その収益で、毎年の税金を払っていくことにしたそうだ。
せめて、緑の一部だけでも残せないものか、と思ったのだが、地形の関係上、切り売りできるのは、緑のない部分。今、緑のある山は全部一度、壊さざるを得ないんだそう…。

「自分に財力があれば、この土地を買って、緑を残すのに!!」
と思ったのだが、いかんせん、一般市民には、それだけの財力も、今後、維持できる力もない。

「都会の緑を守ろう!」
というスローガンを掲げている団体は多くても、こうした税金の問題がクリアーできない限りは、現実問題として、都会に昔ながらの緑を残すのは、厳しいんだなあ…ということをしみじみ痛感した次第だ。

こういう矛盾は、世の中にはたくさんあるに違いない。
本当に、未来の子供たちにとって、いい日本を作るために、大切なことはなにかと、ひとりひとりが、普段の生活の中で考えていかないと、社会は変わらないかもしれないなーと思う今日この頃…。

2004年12月6日
いよいよ師走。2004年も、あと1ヶ月弱となった。
ここへきて、急に、仕事の依頼がどっと増えた。
文字通り、師走の12月になりそうだ。

今年はいろいろな意味で、自分を振り返ってリセットする年だったように思う。逆にいうと、自分自身のリセット以外のことは、あまりしなかった。
 でも、来年は、新しいことにいろいろ着手することになりそうだ。

 それに、今年は、自分の周りを見ても、自然災害をはじめ、たくさんの問題で、無理矢理人生をリセットさせられた人も多かった。なので、来年は、いいスタートの年になってくれるといいなあと思う。

 話は大きく変わる。

先日、お能の師匠がカルチャーの「通小町」のお稽古で、
 「地獄に落ちるような生活はしないほうがいいですねー。
 まあ、地獄に落ちても、鬼に負けない「つわもの」なら別ですが…」
 なんて話を、笑いながらしてらした。

話を聞いてて、不遜にも、
「地獄で、鬼さんと仲良くなるのも、結構楽しいかも♪」
なんて、ワクワクしてしまった。

考えてみたら、地獄の鬼というのも、大変な商売だ。
「地獄の責め苦」を商売としてるんだから、毎日、人々の苦悩の顔ばかり見ることになるわけだもの・・・・。

以前、読んだ本に、
「牢獄に閉じ込められている人も、牢獄の管理をしている人も、実は、「囚われの状態から抜け出せない」という点では同じ」
と書いてあった。

実は、地獄で責め苦に合っている人も、地獄で責め苦を与えている人も、「救われない」という点では同じかもしれない。

もし、私が地獄に送られることがあるようだったら、お茶菓子と高級茶の一杯も持っていって、鬼さんと、閻魔大王様に振舞ってあげたい。
 そして、こんな話をしてみよう。

 「大王様も、鬼さんも、因果な商売ですよねー。
  まあまあ、お茶でも、飲んで、和んでいただいて・・・。
  で・・・どうでしょうね、もう何千年、何万年と、地獄の責め苦をお続けになったようですが、人間は全員は改心しないようですし・・・。
 なにより、責め苦を与える商売ばっかりしていると、顔のしわも増えて、ご自身の健康に悪いんじゃないですか?
 いっそ、大王様、鬼さん、地獄の人々、みんなで天国に引っ越して、楽しく暮らすっていうのは、どうでしょうねー
でも、ま、その前に、ささ、お茶でも一杯。あ、お酒の方がよかったですか?」
なーんて、話してみよう。

大王様は無理でも、きっと、地獄商売に飽き飽きしている鬼の一匹くらい、たらしこめるんじゃないかな。
そして、鬼さんと仲良くなったら、鬼ライフの体験談なんて、聞いてみたいものだ!
そうしたら、地獄に落ちても、普通では味わえないような楽しい地獄ライフが遅れるかも?!
物は考えよう。ちょっと楽しみ?!