ひまわり先生のひとりごと

2001年12月27日
ここ、1ヶ月、バタバタいろいろなことがあって、
忙しくて、更新ができませんでした。ごめんなさい。

近況報告としては、まず、12/3には、ディズニーランドのイクスピアリで、フラメンコを踊ってきました。妊娠した友人のピンチヒッターだったので、付け焼き刃の舞台でした。なので、納得の行く踊りが十分できたとは言えず、観客の皆様には申し訳なかったのですが、とても楽しい経験でした。

また、12/16には、お能の納会で、晴れて、初の女役デビューしました。出来不出来は別として、正直言って女役でこんなに楽しめるとは思いませんでした。激しい男物や化け物の方が楽しいかと思ってたけど、女役の方が、ずーーーーっと面白かった! 役柄も良かったのかもしれないけど…(ちなみに「班女」というのをやりました)。こんなにハマれるなんて、自分でも意外…。
 
それから、妹のガラスの展示会が終わりました。見に来てくださった方、ありがとうございます!!
妹とは、展示会終了後、今後のよりよい作品作りに向けて、あれこれ、批評会をしました。こういう発表の場があったとき、良いことも悪いこともできるだけ客観的に、見つめることって、大事だなあと思います。
自分のことはよくわからなくても、人のこととなると見えてくることは一杯あるものです。そして、人のことを客観的に見ることで、自分の問題点もたくさん見えてくるものです。妹と批評会をやっていて、実は、密かに、一番勉強になっていたのは私自身かもしれもしれません。この話はいずれ機会があったら、文章にまとめたいと思います。

ところで、今ハマってるのは、朝の連続テレビ小説「ほんまもん」です。時々、すごくいいセリフが出てきます。この脚本を書いている人は、相当苦労をしてきて、人生ってものがわかってる人だなーと、しみじみ思います。
そのうち、「ほんまもん」感動語録集でも作りたいくらい…。

そして、「ひまわり」も今日が、一年の締めくくり。
今年一年、振り返って見ると、私自身はなんだか、ジェットコースターにでも乗っていたような一年だったような気がします。まあ、どん底まで落ちこむようなことはなかったのですが、生まれてから一番すごい幸福感というのを味わったので、少し落ちても、すごく落ちたような感じがしたのかもしれません。

そういえば、とある患者さんが、「すごい幸福を味わってしまうと、その後に待っているのはどん底だから、幸せなんか、感じないほうが幸せだ」といっていました。そう言われて、思い返してみれば、私も昔、そんな風に思っていた気がします。
 でも、今年、「すごい幸福感」を感じて考えたのは、「その感覚をずっと維持することは難しいけれど、どん底までは落ちることはないんじゃないかなー」ということです。それに、どん底まで落ちるためには、自分の中に、「どん底まで落ちれるような相当の傷」というか、「弱点」を持ってないと落ち込めないような気もします。それに、仮に、大きい傷や弱点を持っていても、それをカバーできるための武器や鎧を持っていれば、それ以上、傷や弱点は大きくなりませんから、やっぱり落ち込まないような気がします。

だから、今の私が昔の私にアドバイスするとしたら、
「大きい幸福を得ることと、どん底に落ちることは、実はつながってないから、別々に考えて、対処した方がいいよ」と言ってあげたい気がします。それに、やっぱり、「大きい幸福感」は、たとえ1回だけの体験でも、体験できないで一生が終わるより、一回でも体験できた方がいいなー、と私は思います。あと、一回体験できたことなら、いつか又、同じような感覚をどこかで味わうことができるかもしれないし…。だって、感覚って、外界の刺激で呼び覚まされるものかもしれないけど、「自分自身の中にあるもの」ですものね。
 …ってことで、できれば、来年は、今年感じた以上の幸せに出会いたいなあ……。ああ、私って、欲張り!
あまり、期待し過ぎない程度に期待しよーっと。

では、皆様、良いお年をお迎え下さい。